ひでやん

菊次郎の夏のひでやんのレビュー・感想・評価

菊次郎の夏(1999年製作の映画)
4.1
脳裏に蘇る懐かしい少年時代。

CMソングでも有名な久石譲作曲の「Summer」が冒頭で流れ、郷愁に満ちた旋律が心を優しく包む。学校帰りに商店街を歩く2人の少年、ゲーセンの前にいる不良を見つけて立ち止まる。美少年と冴えない少年の顔が横に並ぶが、たけしが旅のお供に選ぶのは冴えない君。冴えないというか薄幸というか、言葉を選ばずに言うとブチャイクで、その素朴さがいちいち琴線に触れた。

夏休み、素朴な少年が柄の悪い近所のおじちゃんと一緒に、遠く離れて暮らす母に会いに行く。よくある話のロードムービーだが、どこにもないブラックユーモア溢れる珍道中だった。まぐれで当たる競輪場の掛け合いが面白い。若いカップルと芝生で遊ぶ様子を映し、引いたカメラが「立入禁止」の看板でドンと止まるのもいいね。

バス停で、リゾートホテルで、縁日で、やりたい放題の結末にちゃんとオチをつけて笑いにする。畑の側で始めた産地直売で、「1本200円、2本500円」と書かれた文字に思わず吹き出した。旅路のチャプターは正男の絵日記になっているので、子供目線でハチャメチャな夏休みを楽しんでいたが、ラストでようやくタイトルを思い出した。正男が「おじちゃん」と呼び続けていたので忘れていた。そうだ、菊次郎だ。

「菊次郎」という名前は北野武の父親の名前。たけしは亡き父を演じながら、正男に幼き日の自分を重ねて思いっきり遊んだようだ。ヒッチハイクした車から降りた時、タイヤホイールに映った景色が回転するシーンや、複眼のトンボ目線で近づく車を映す演出が憎い。正男が見る悪夢も良かった。

独特の笑いの中に物悲しさを滲ませる旅路。その2人の背中を撮るシーンがやたらと多い。正男が背負ったリュックには天使の羽が付き、菊次郎の背には入れ墨。天使と悪魔のような2人だが、似た者同士で母遠し。正男と同じように遠くから母を見つめるシーンが切なかった。

で、後半でだらだら続く悪ふざけ。途中までは良かったのにもったいないな、やっちまったなという残念な気持ちで見ていたが、次第に胸に温かいものが流れ込んできた。

「苦しい時や哀しい時、天使が来て助けてくれるんだって」そう言って正男に渡した天使の鈴。スイカ割りやだるまさんが転んだを楽しむ正男の頬に涙はもうない。菊次郎と愉快な仲間たちがそこにいる。正男を楽しませようと必死な彼らは、正男を助ける天使に思えた。鈴を鳴らせばいつでもおじちゃんがやって来る…きっと。ここでやっとそれを訊くのかというラストがたまらない。
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