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菊次郎の夏のKKMXのレビュー・感想・評価

菊次郎の夏(1999年製作の映画)
4.8
 本作は自分がもっとも好きな北野武映画です。どうしても夏の日、しかも日中に本作を劇場で観たいと熱望しており、今回ついにそのチャンスがやってきました。

 そして、久々に本作を鑑賞したところ、以前以上に好きになりました。北野映画の中でも雑味が多く地味な一本だと思いますが、改めて傑作だと感じました。

 昔は『なんかヘンなガーエーだけど胸に来るんだよなぁ〜』なんて思ってましたが、ヘンではなかった。超正統派のロードムービーで、あまりに真っ当なバディムービーで、死と再生や喪の作業が描かれる成長の物語でもありました。

 母親の愛を知らない2人の男(少年とおじさんだけど)が、旅を続ける内にお互いを思いやり絆が生まれ、そして互いが傷つきを癒していき、旅の終わりには新しい2人となり別れていく…しかも菊次郎においてはラストに名前を獲得し、浮世を彷徨っていた自分自身をこの世界に定め置きますからね。もはや神話ですよ。ベタ中のベタですが、デリカシーたっぷりに描かれているからめちゃくちゃ感動します。
 主人公の2人にはベッタリとは寄り添わず、でも俯瞰で見守るようなカメラワークも感動的でした。書いていて気づいたのですが、本作で繰り返し登場するイメージである、天使の視点なんでしょうね。傷を負った2人が天使に見守られながら再生していく物語なのでしょう。
 マサオ君と母親の物語は中盤で終わらせ、後半はたっぷりと再生のプロセスに当てている構造も、小津ちゃんばりのあたたかい眼差しを感じます。
 北野武はニヒリストのイメージがあり、晩節まで汚してしますが、傷ついた人たちへの優しさは本物ですね。

 そして、このセンチメンタルで丁寧な物語を演出するのが、名曲中の名曲『Summer』。言うことないです。ホントにこの劇伴が本作を特別なものにしていると思います。思い出すだけでも涙が止まらなくなる。このマッチングは奇跡のレベルにあると感じます。


 ここまで書くと完璧なガーエーだと思えますが、北野映画の中でも『キッズ・リターン』や『ソナチネ』なんかに比べて語られにくい理由は、たけし軍団の出演でしょうね。グレート義太夫と井出らっきょが出て来ると、菊次郎がいつものビートたけしになっちゃう。
 本作はおそらく北野武のもっともデリケートな部分を描いた作品だと推察しています。だからこそ、軍団を投入して照れ隠ししないと描けなかったのでしょう。義太夫とらっきょのギャグを観ているとスーパージョッキーにしか見えないですからね、飯島直子ついに熱湯コマーシャルか?みたいなノリが、正直グレードを落としていると感じざるを得ません。
(鑑賞中、義太夫を見るたびに「糖尿は大丈夫か?」と気になってしまった。鑑賞後ググったところ、透析を行なっているようですが、割と元気そうで、ブログではホットドッグ食べてました…って、こういう気持ちにさせるのが本作の大きな欠点です!)

 そんな雑味も含めて、本作が私にとって愛おしく、スペシャルなガーエーとなっております。


 演者について。俳優・ビートたけしの表情はなんとも言えない凄みがあります。老人ホームのシーンの表情は、言語化しきれない複雑な魅力に溢れています。彼が俳優一本で行っていたら、杉村春子名人レベルになったかも。
 あと、旅の途中で出会う細川ふみえの儚さといったら!薄幸フェチとしては見逃せない美しさでした。あの時期の彼女だから醸し出せた雰囲気なのかもしれませんね。マジでフーミン、パイ乙カイ出とか関係なく、かなり魅力ありますよ(今はどうかわかりませんが!)。


 本作はキネカ大森で鑑賞しました。鑑賞後は夏の日の午後で、日差しも夏でした。『Summer』を聴きながら駅に向かいましたが、その風景はとてもBGMにマッチしており、今回のガーエー鑑賞は自分にとって特別な体験となりました。忘れ得ぬ日になりそうです。


【追記】
 菊次郎は北野武の父親の名前だそうな!それじゃあデリケートな作品になりますわな。自らが父親となり、内なる武少年を癒したのでしょう。父親像の再構築の面もあるかもしれない。
 本作は北野武にとってのサイコマジック・ボムだったと思います。

【さらに追記】
 本作における『天使』とは何かをここ数日考えていたのですが、おそらく母親の愛情、無条件の愛のイメージなんだろうな、と感じます。
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