まぐ

アヒルと鴨のコインロッカーのまぐのネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

すごく共感性の高い舞台なのにキャラクターや言葉回しが作り出すファンタジックな世界観、温かみの中にあるからこそ際立つ切なさ。
私はこの映画が一番好きだ、というファンも多そうな映画だと感じました。
原作既読だったので、主にその目線で。

原作の叙述トリックをどう映像化するかと期待していたところ、ギリギリフェア、一歩間違えたらアンフェアな力業で処理していました。とあるシーンがなければ完全にアンフェアだったと思います。
とあるシーンというのは、「椎名が靴屋になった自分を想像するシーン」。あのシーンは一見物語に何も絡まない小ギャグであるように見えますが、実は(モノクロのシーンは椎名の脳内世界であり、事実とはちがうことも映りえますよ)という、いわばヒントの役割を果たしています。ここら辺はうまいと思いました。




◯原作より良かったと思った点

この映画は原作の重要なシーンを上手く切り貼りして矛盾のないよう丁寧に丁寧に作られているため、見終わった時に得られる余韻はほとんど原作と同じでしたし、むしろ共感の度合いでいうと画の力をかりた映像の方が高かったです。そのため、ヒューマンドラマとしては映画の方が好きでした。
キャスティングが良かったのもあると思います。麗子さんや椎名、ドルジ、琴美はイメージ通りでしたし、川崎を少し遊び人っぽい風貌にしたのも、川崎の尺が短い中画的にキャラクターがわかりやすいという点で良い改変だったと思います。しかし何よりずば抜けてイメージ通りだったのが、椎名の大学の友達2人。想像通りすぎて素で驚いてしまいました。

「椎名の友達が外国人について嫌だと話すシーン」と「麗子さんのバスで痴漢を撃退するシーン」の合わせ方は目から鱗。小説の細かい描写もいいですが、重い情報量をああいった形で短縮し、かつ元の形の意味合いを損なわないというのは、実写化において理想的な形の1つだと思います。
他にも動物殺しとの初接触でドルジが石を投げていたり、動物殺しを追い詰める場所をゲーセンに変えたり、とにかく原作をとても尊重しつつ全体の情報量を減らしていたのが良かったです。

あとはやはりボブディランの曲を聴けるということでしょうか。こればかりは小説ではどうしようもないので。



◯原作の方が良かったと思う点

小説と映画の大きな改変の1つに、構成の改変がありました。小説では過去と現在のエピソードを交互に進めていく構成だったのが、映画では主に前半が現在、後半に過去という構成に変わっていました。これは叙述トリックを映像化するためには仕方のないことだと思いますが…
小説では過去編ではサスペンス、現在編ではミステリー(の伏線張り)が同時進行しています。つまり過去編を吸引力に視聴者の興味を持続させ、その間に現在編で積み重ねたミステリーの伏線を最後に一気に回収する、という合理的な上手い作りだったのですが、映画ではその上手さを活かしきれていなかったのが残念です…
前半後半に現在と過去を分けたということは、単純に考えるとミステリーの伏線を積み重ねる時間が半分になり、後半からしかサスペンスが作用しないということになってしまいます。実際前半は初見だとあまり興味が持続しないと思うし、ミステリーの種明かしの気持ちよさも小説ほどは感じなかったと思います。後半のサスペンスも勿体無く感じてしまっていたでしょう。

これも仕方ないのですが、川崎の重要な信念、女好きの描写があまりに浅かったかなと思いました。じゃあどうすればよかったかと聞かれると自分にもわかりません…
事象を原作通り丁寧に再現する作り方ではこれが限界だったのかもしれません。




最後に、個人的にこの映画を原作と比較してわかりやすく人に説明するなら、「見終わったあとの余韻が深いのは映画、読んでる最中楽しいのは原作」と答えます。
馬鹿正直に作って駄作になるような実写化作品とは一線を画した、原作を尊重する気持ちと共に丁寧に作られたであろういい実写化作品でした。
まぐ

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