青二歳

遠い雲の青二歳のネタバレレビュー・内容・結末

遠い雲(1955年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

閉鎖的な田舎を舞台に、未亡人高峰秀子をヒロインに置いた大人のロマンス。帰郷した田村高廣は初恋の人が未亡人となったことを知る。再燃する想い。一方佐田啓二は死んだ粗暴な兄に代わり、この美しい義理の姉と結婚を望んでいる。未亡人はどちらの男を選ぶのか…

女の選択(実は性差はない)に環境(しがらみ)がいかに影響するかが細やかに描かれる静かなドラマなのですが、今作の秀逸な点は、そのしがらみの経済的格差さらに社会階層が"文化"で表象されているところ。
1.高峰秀子の嫁ぎ先
2.高峰秀子に恋する若者の生家(酒蔵)
3.高峰秀子の実家(酒屋)
この三つの"おうち"は上から順に金持ちなんですね。台詞でもその設定は触れられるのですが、例えば1の御宅では能の玄人方から仕舞いを習っています(玄人方呼びつけて稽古ってどんだけ金持ちなんだよ!羨ましい!しかも囃子方まで←あり得るんですかねコレ。貧乏人なんで分かりません)。
2は上流の御宅なんだと思われますが、1のようなハイカルチャーじゃないんです。2の長男高橋貞二のお座敷遊びの軽やかで粋なこと。三味線に乗せた声も甘く良いですねえ。さらにジャズショー(不思議な踊りは必見)の企画も頼まれたり、大衆文化までをカバーする支持層です。十分上流なのですね、お金も十分だと思います。しかし同じ財産だとしても1と2では大きな開きがあります。土地の人(田舎の人々。この映画の見えない登場人物)はちゃんと分かっている。
3の御宅がまぁ貧乏なんですが、高峰秀子の思い出に"アルネ"とか出てきたり"狭き門"がロマンスのアイテムになるなんてインテリの匂い。どうも娘の代あたりで傾いた様子が見受けられます(そうすると終盤の長女の当たり散らしも納得)。

ドラマや台詞以外のこうした設定にスキや矛盾がないというのはすごい。高峰秀子は現代に見るとハッキリしない弱い女、もっと言えばズルい女に見えてしまうかもしれないが、大体恋愛至上主義すぎる近代以降の風潮の方がおかしい。各々の私生活は恋愛至上主義結構なんですが(自分もまぁ多分そうでしょうし)、でも実際のところ「そうも言っていられない」のが世の常だと思うのです。
だから高峰秀子の迷いや諦め、踏み切れなさを断罪する気は起きません。しがらみの中に人はあるのだと思うのです。そしてそのしがらみには"血縁"もあり、さらに総中流なんて言われる日本でさえ"社会階層"もあるものです。
言葉になるもの、表立っては語られないもの、そうした環境要因すべてを人間は背負う。台詞以外の表象が雄弁。見事な映画です。
祭りの日のせわしない空気からクライマックスの音楽!その盛り上がりからラストシーンの駅の抑えた緊張感。いや見事。

田村高廣が主人公かと思ったら佐田啓二が美味しいです。市川春子の子煩悩ぶりがなんとも言えない。
にしても、高峰秀子と佐田啓二の仕舞は驚いた。戦後は芸道ものも作られなくなり、あまりこういうチャレンジは見れないですが、中々見応えあります。