喫茶店…
おれの向かいに座ってたケンジは1本のタバコを取り出すとそれをテーブルの上に置いた。
「今からおれの特殊能力を見せてやるから…このタバコを指差すみたいに人差し指をテーブルに置いてみて」
おれはタバコから5センチくらい離れた場所に人差し指を置いた。
「じゃあ…その指をゆっくり自分のほうに滑らせて」
ミスターマリックの「ハンドパワー」みたいなポーズをとってるケンジが重々しく言った。
おれがゆっくりと指を自分のほうに動かすと、まるでそれに引っ張られるかのようにタバコが急に転がりだしておれの指についてきた!
「あ!」
おれは驚いてひとりでに動いたタバコを見つめていた。
「この…力だけは見せたくはなかった…」
なぜかつらそうにケンジは言った。
「キャリー」
のちに「殺しのドレス」「スカーフェイス」「アンタッチャブル」「ミッション・インポッシブブル」などおれを魅了することになるデ・パルマ監督の出世作だ。もう40年にもなるのか!
クラスメイトに苛められ、たった一人の身内である母親はキリスト教原理主義で彼女に対して虐待でしかない「しつけ」を行う。
それらはエスカレートしていき、逃げ場のないキャリーはついにその禁じられた特殊能力を発動する。
当時、ユリゲラーが来日し日本中の家庭でスプーンが不足し筒井康隆が「七瀬ふたたび」を書いた頃である。
「超能力」にすっかりはまっていたおれは、辛さのあまりに精神崩壊を起こしたキャリーのクライマックスにカタルシスを覚えることになりました。
プロム会場が燃え上がりドアがひとりでにバーンバーンとしまっていくシーンは今でも鮮明に思い出すことが出来ます。
そして伝説のラスト・シーン…現在では禁じ手で非難を浴びることになるだろうが当時は新鮮だった…おれは映画館の椅子で座った格好のまま50センチくらい飛び上がりました😁
そのシーンが終わっても映画館の中がざわざわといつまでも騒がしかったのが印象的でした。これは映画のフィナーレを飾るファンファーレみたいなものだったと今では思っています。
キャリーを演じたシシー・スペイセクが最高でした。容姿的にはブスの役どころでしたが見事にブレイクしアカデミー賞女優にまで上り詰めます…彼女には「演技力」という超能力があったのです。
さて、ケンジの超能力…
「もう一度やってみてくれ」
おれはゆっくりと指を引きました。
また、タバコがコロコロとそれについてきます!
おれはケンジの顔を素早く見ました。
彼は口をすぼめてヒョットコのような顔をしてるではありませんか!
「てめぇ!息を吹き掛けてタバコを動かしてやがるな!」
「だってビックリしてたじゃん」
「このイカサマ野郎!何が見せたくはなかった…だよ!」
「ねぇコーヒー一杯で何時間も粘って騒ぐのやめて!」
おれたちが目をつけてるウェイトレスの由美ちゃんが軽蔑の眼差しを二人に向けてる…
この頃のおれたちは金も彼女も超能力もなく、プロムみたいな文化も知らない代わりにいじめや殺戮のない能天気な青春を過ごしていたのでした😁💦