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チャップリンの殺人狂時代のabeeのレビュー・感想・評価

チャップリンの殺人狂時代(1947年製作の映画)
3.7
【生き残るため、人を殺めるのは罪ですか?】

近頃、テレビでよく聞く言葉があります。

「机上の正論」

もちろんこれは誤った日本語ですよね。
元々の言葉は「机上の空論」。
現場を知らない人間が机の上でペンを走らせて描いただけの絵空事、役に立たない理想論のことです。

「机上の正論」とはどういうことなのだろうか?
私は意味が2つあると思っています。
1つは、正論だけども机上で描いているだけでは意味が無いということ。
そして1つは、実行する能力がない、もしくは不可能、机上にとどめておくべきなのに正論を振りかざすこと。
今作は、まさしく「机上の正論」だと思うんですね。

映画史上最高の自己プロデュース能力でその地位を確立したチャーリー・チャップリン。
築き上げたそのスタイルを捨てて挑んだ作品。
植木等さんに似てますね、このチャップリン。

30年以上銀行勤めをしていた主人公は不況によりリストラに合い再就職することもままならない。
体の不自由な妻と幼い子どもを抱え、裕福な女性を騙し金を奪い取り、最終的には殺してしまう結婚詐欺を生業とするようになっていた。

コミカルにストーリーは進みますが、往年のチャップリンのスタイルはなりを潜めます。
もちろん、年齢的にできないことも増えていたことが理由の1つかとは思いますが、彼は得意とする動きを駆使した笑いを封印し言葉回しが重要なブラックユーモアを多く盛り込んだ作品に仕上げられていたと思います。
というのも、彼の問題提起は過激な思想であり、見方を変えればただの屁理屈なのです。

言いたいことはとても分かるのですね。
少なくとも、戦争映画ではよく取り上げられるテーマの1つだと思うのです。
それをチャップリン流に描くとこうなってしまうのですね。

今まで何作かチャップリンの作品を観てきましたが、笑顔から幸せを届けるという意図は全く感じられない作品でした。
感じられるのは苦悩を経た狂気。
それがあからさまに表現されています。
「もう、吐き出さないと狂ってしまいそうなんだ。」
そんなチャップリンの苦悩を感じました。

ということで、チャップリンの生涯を知った上で観るととても辛い一作でした。
戦争の成り立ちも、チャップリンの主張も、どっちも「机上の正論」。
机の上から飛び出してしまえば、狂気にしかなり得ないのですね。
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