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ハート・ロッカーのtakのレビュー・感想・評価

ハート・ロッカー(2008年製作の映画)
3.8
 キャスリン・ビグロー監督のオスカー受賞作。劇映画ではあるが、この映画はまるでイラクの爆弾処理ドキュメンタリー。カメラはときに主人公たる爆弾処理班の目線、ときに彼らを襲うイラク人の目線でこの厳しい現実を追う。そういえばこれまでのビグロー監督作品もいわゆる主観移動が多かった。僕らを映画の世界にぐいぐい引き込んでいく。「ハートロッカー」はこれまでとは違い、物語を盛り上げるような劇伴もなく、どちらかというと淡々とブラボー中隊が撤退するまでの日々を綴っていく。映画の冒頭、印象的な言葉がスクリーンに現れる。「戦争は麻薬だ。」これまでも映画は様々な戦争の狂気を描いてきた。「地獄の黙示録」のカーツ大佐やキルゴア中佐はその象徴かもしれない。でもかつて描かれた戦争の狂気は特殊な状況だったり、特別な人間だったり、一般の我々の感覚とは異なるものだった。しかし、「ハートロッカー」が描いたのは誰にでも起こりうる狂気なのだ。そこが大きく異なる。

 映画のラスト、ジェレミー・レナー演ずる軍曹はアメリカに帰還する。そして生まれたばかりの子供に話しかける。子供の頃興味があることはたくさんあったが、大人になるとだんだん減ってくるんだよな。今はもういくつかしかない・・・そんなことを言う。そして彼は再び防護スーツに身を包み、戦場で砲弾に向かっていく・・・。それまで爆音と怒号だけだった映画館の中に、突然ディストーションギターの音が炸裂する。このラストは強烈。それまで映画を覆っていたものが一気に解き放たれるような迫力。爆弾に向かっていくしかない主人公の悲しさ。アメリカの観客はこの場面にヒロイズムを感じて拍手するのだろうか。帰還兵の問題をストレートに語る反戦映画よりも僕には衝撃的なラストシーンだった。戦争は麻薬だ、という冒頭の引用と主人公のラストのつぶやき、その見事な呼応に背筋がゾクッ。悲しいけど、これ戦争なのよね。

 ビグロー監督の視線の先には、一貫して何かに取り憑かれた男たちがいる。狂おしいまでの執着をもつ男たちの姿に彼女は惹かれるのだろう。「ハートブルー」では「これは神とのセックスだ」とスカイダイビングするパトリック・スウェイジ、彼の逮捕に執念燃やすキアヌ・リーヴス。「ストレンジ・デイズ」ではヴァーチャル追体験装置に溺れるレイフ・ファインズ。それらには必ず危険がつきまとう。本作も然りだ。かつてビグロー監督の夫だったジェームズ・キャメロンもその一人なのだ。

 人間爆弾など目を覆う場面も多いし、二度三度観たい映画ではない。しかしこの衝撃は一度味わっておくべきだろう。
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