zhenli13

罠のzhenli13のレビュー・感想・評価

(1949年製作の映画)
4.3
素晴らしかった。
作品時間72分と同時進行で、構成、演出、カメラワーク、すべてが丁寧に作り上げられている。

冒頭。新聞売りの少年から雑誌売りの中年、ボクシングを観にきたカップルと観戦を嫌がる中年女、連れが切符を買うのを待つ全盲の男、今日の下馬評を語る男から対戦ポスターが大写しとなり、「ストーカー・トンプソン」の文字でマッチが擦られ斜め線が走り、ストーカー・トンプソンのマネージャーが煙草に火をつけるところまでの、リレー。ここまでひと息に縫い込んだカメラワークで、状況は概ね説明される。粋である。

この冒頭に出てきた脇役たちが、試合の場面で豊かなリアクションカットを提供する。20年も対戦を続けてきた落ち目のボクサー ストーカー(ロバート・ライアン)を、最後には皆応援するのだ。報われない人たちは自らの希望を中年ボクサーに重ねて応援する。しかしそのようすを捉えるカメラは、熱狂的に叫ぶ中年女の口元を冷淡に映す。

時間が同時進行で描かれることにより、なにかこう映画(映像)として切り取られ記録されることの意味を再確認したように思う。私たちが忘れていく、ほんのちょっとの些細なこと。誰に話すでも書くほどでもないこと。そういうもので私たちの生活の大半ができているということ。

ストーカーの試合を観に行く決心がつかない恋人ジュリー(オードリー・トッター)が夜の繁華街を彷徨うシーンはブレッソンの『白夜』を彷彿とさせる。道すがら耳に入ったラジオ中継に思わずかじりつき、玩具のボクシングゲームを見つけて途端に哀しげな顔になる。橋の上から過ぎゆく列車に、観戦チケットの紙吹雪を散らすさま。
ホテルの部屋での鏡ショット。鏡に写されたジュリーに呼応するように、控え室でストーカーは鏡を覗き込む。
試合を観なかったジュリーはハンバーガーとスープ、ビールを買ってホテルの部屋へ戻る。画面の右端に映された鏡ごしのジュリーと、簡易焜炉で温め直されるスープ、ビールの瓶。すべての配置がほんとうに丁寧で、粋だ。それだけで涙が出てくる。
ラスト。カメラが引いたところで"DREAM LAND“のネオンが映されている。それも哀しさを倍加させる。

ロバート・ライアンは好い役者だなぁ。ニコラス・レイの『危険な場所で』もロバート・アルドリッチ作品も印象的。端正な容姿だが派手さは無く、でもとても好い役をもらっている。
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