みかんぼうや

人情紙風船のみかんぼうやのレビュー・感想・評価

人情紙風船(1937年製作の映画)
3.7
【まさに紙風船のような人々の繋がりを描く、江戸時代の下町の日々をドキュメンタリータッチで切り取ったようなリアルさを持つ、個人的に新感覚の時代劇】

なんでしょう、この感覚。うまく言えないのですが、どこか今まで観てきた時代劇とちょっと違う。なんとなく、他の時代劇作品に感じる“映画作品として作られた時代劇”を観ているという感覚よりも、本当に江戸時代にワープして、ビデオカメラをそこに置いて回し続けて、当時の江戸の人々の生活をそのままフィルムに収めたような、江戸の生活の“妙なリアルさ”を感じました。

これは、登場する人々(俳優たち)の演技や当時のセットのリアリティによるものなのか、今回視聴したアマプラのリマスターされていないかなり画質が粗く音声も雑音交じりで非常に聞き取りづらい映像による物理的な古さが“味”となって見えたのか?おそらく、その両方なのだと思います。

それほどに江戸時代の下町の日々を“覗き見”しているような感覚で、最初は雑音に耳が慣れず聞き取りづらい部分も多かったものの、そのうち気にならず、気づけばその世界観に入り込んでいました。

肝心のストーリーはというと、いわゆる時代劇的な分かりやすい侍同士の斬り合いや、正義と絶対悪の構図、「近松物語」で見られたような色恋沙汰みたいなものはほぼありません。冒頭にも書いたとおり、江戸時代の人々のちょっとした生活をカメラで映し続けているような、淡々とした展開。そこでちょっとしたいざこざがあったり、夫婦の会話があったり、仲間たちとの会話があったり。江戸時代の人たちの生活をドキュメンタリータッチで描いた現代劇のようです。

だから、この世界観にあまり面白味を感じないと結構退屈な作品に感じる可能性もあります。先日観た「近松物語」と比べると、「動きがないな~」と最初は思っていました。が、だんだん慣れてくると、かえってこちらの当時の生活の覗き見感覚が妙に心地よく感じてくるから不思議。

そんな絵面を見て、「本作は下町の人たちの触れ合いから、当時の人情を感じるものなのね」と自分の中で結論づけようとしていたところで、まさかのラストの展開。なるほど、そうじゃない。この作品は、小さなコミュニティの中の深い義理人情の世界を描いているようで、実はまさに紙風船のように、一見色鮮やかに見える人間模様でありながら、フッと吹けばどこかに飛んでいってしまいそうな、人々の持つ人情味の希薄さを表しているのではないか、と。色々な登場人物が出てくるも、意外なほどに“誰かのために”なんて温かく熱い感覚を持った人たちは少ないのですよね。

“時代劇=義理と人情に溢れたドラマチックな展開”という感覚がなんとなく染みついていた私にとって、本作の時代劇なのにその当時の日常を映した現代劇的でややシニカルな作風は、なかなか新感覚な体験でした。
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