半兵衛

ブルックリン横丁の半兵衛のレビュー・感想・評価

ブルックリン横丁(1945年製作の映画)
4.2
こんな深い人間観察と練達な語り口を持つ人情家族ドラマの名作をデビュー作で作り上げてしまったエリア・カザンはやはりただ者ではない。全体的にほのぼのとした世界観の優しいドラマであるが、時折顔を覗かせる現実的な貧乏の描きかたや厳しい人物描写に後年のエリア作品の予兆を思わせる。前半10分でテンポよく主人公たち一家が住むブルックリンの下町周辺の様子を描き、観客を映画の世界に自然に入り込ませる語り口も素晴らしい。

定職をもたない父親は他人にとっては愛想が良くて、気のおける好人物であるがいかんせん生活力がないので奥さんからは疎んじられている。彼が語る飛躍した夢みたいな発言は主人公の子供たちにとっても癒しにはなるが、それで生活が向上するわけではない。母親はことあるごとに父親をなじったりするが、明るく振る舞う父もその事を自覚していてそれが悲劇に繋がる。そして父が消えてから、母親は彼の存在の大切さに気付き落胆する。こうした希望と生活の両立の難しさを、朗らかな物語のなかで過不足なく描く演出に圧倒される。

個人的には主人公のフランシーと同じく幼少のころから読書好きだったので、貧しくても本を読むことを忘れず学業に励む彼女の姿に感銘を受けた(図書館にも入り浸っていたし)。彼女が書いた作文に対して先生が放った、空想というものの大切さとだからこそ使い方を誤ってはいけないという注意の重さも心に響く。

どんな絶望的な状況でも誠実に生きることの大切さを懇々と語るラストにも心が洗われる気持ちになった。

後半主人公に渡される花束、あれには不意を突かれて泣きそうになった(反則だよという気分にもなったけれど)。
半兵衛

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