ジェイコブ

椿三十郎のジェイコブのネタバレレビュー・内容・結末

椿三十郎(1962年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

神社の堂にて井坂率いる9人の若侍達が藩の不正を正すための密談を行っていた。若侍達は、大目付の菊井から呼ばれ、堂に集まっていたのだが、その場に偶然居合わせた浪人の三十郎から藩の不正は菊井が絡んでいるという意見を聞かされる。三十郎の推理を裏付けるかのように、菊井の手下がお堂を取り囲んでいた。三十郎は慌てふためく若侍達が見ていられず、若侍達を床下に隠すと単身お堂から出ていく。大勢の侍達相手に見事な立ち回りを見せた三十郎に、菊井の腹心である室戸が目をつけ、自分の手下に誘い込もうとする……。
黒澤明監督作品。前作の「用心棒」に続き、三船敏郎演じる三十郎が今回は椿の名字を名乗り、血気盛んな若侍達を諌めながら、藩の不正に立ち向かう。ラストの仲代達矢演じる室戸との決闘シーンでの、激しく飛び散る血しぶきの演出は「クロサワ」の名を世界中に知らしめたほど衝撃を与えた(タランティーノが「キル・ビル」にもそのオマージュを取り入れている話は有名) 
本当にいい刀は鞘に入っている」劇中で城代家老の奥方が語るこの台詞は、前作の用心棒から続く三十郎作品を総括する教訓であり、人の生きる道を示した金言でもある。
本作は前作以上にコミカルなシーンが多く、中でも、三十郎達に捕らえられてた敵方の下っ端の侍が、後半は若侍に混じって一緒に歓喜したり、慌てふためいたりする見事な心変わりっぷりが面白い。一通り騒いだ後は、ドラえもんよろしくきちんと押入れに戻るのもまた可愛らしい笑。
三十郎は城勤めという好条件を蹴り、再び浪人に身を落とした。金も名誉も要らず、風の向くまま気の向くままに生きる三十郎の美学に憧れる男達は多いだろう。しかし、本作で語られるテーマは「人の命は武士が重んじる名誉よりも重い」であるように思う。人を斬ることを生業とし、また人を斬る事で人を救ってきた三十郎が、ラストで自分の後を追おうとする若武者達に「鞘に収まれ」と言って旅立った。これは権力や悪の雰囲気に憧れがちな若い世代に向けて「本当に強い人間は金を稼ぐために人を騙して傷つけたり、誰かの幸せを踏みにじったりしない。普通に目の前の幸せを大事にして懸命に生きろ。それは決して恥ずかしいことじゃない」と作品を通して黒澤明が語りかけているようであった。