小一郎

ゆきゆきて、神軍の小一郎のレビュー・感想・評価

ゆきゆきて、神軍(1987年製作の映画)
5.0
<アメリカのマイケル・ムーア監督が「生涯観た映画の中でも最高のドキュメンタリーだ」と語っている>(ウイキペディア)というので、いつか必ず見たいと思っていた作品。渋谷のアップリンクで公開30年記念上映があり2回見た。1回目は寺脇研さん(京都造形芸術大学教授)と原一男監督の、1時間くらいのトークショー付き。2回目は短編『亜人間 奥崎謙三』(31分)の併映と監督の挨拶付き。

兵庫県神戸市で、妻・シズミと二人でバッテリー商を営む奥崎謙三。何者かといえば、元陸軍軍人(最終階級は上等兵)で、アナーキスト。殺人、「昭和天皇パチンコ狙撃事件」、「皇室ポルノビラ事件」など、刑罰を怖れず(というより、進んで受けようと)自分が正しいと思ったことを、自分一人で貫徹しようとする、アブなく、わけのわからない人。

初回に鑑賞した際は、うかつにもこの奥崎謙三のことを、信念を貫き通す好漢のように感じていた。その姿はまさに、小林正樹監督作『切腹』の津雲半四郎であり、『人間の條件』の梶。過剰な理想主義者で、ありえないレベルで反抗的、日本の「常識」からはみ出した主人公。戦争のけじめをつけるため、決して妥協を許さない彼の行動は問題があるものの、その姿勢に、こんな人が本当にいたのかと感動すら覚えていた。

しかし、2回目に鑑賞した際に併映された『亜人間 奥崎謙三』を見ると、これが『ゆきゆきて、神軍』の彼と同一人物かと疑いたくなるくらい、異様で、意味不明な人物だった。『亜人間 奥崎謙三』は彼が自らを撮影していたビデオテープをつなぎ合わせたもの。正直言って見るに堪えない映像で、原一男監督への批判も収められている(そこは面白いけれど)。

原一男監督は、今村昌平監督が映像化を断念したと思われるこの奥崎謙三について、彼の歪んだ美点をどうにかこうにか矯正して見せることで、戦争のことを忘れたいと思っている、あるいは戦争を忘れかけている日本社会にガツンときつい一撃をくらわせることに見事に成功している。その視点、編集の素晴らしさは言うまでもないけれど、奥崎謙三という人物を主役に仕立て上げた原一男監督の手腕に驚嘆せざるを得ない。

奥崎謙三のパーソナリティーにより笑いの起きるシーンもあるけれど、非常に重いテーマを、とてつもない緊迫感で押しまくり、誰もが語りたくないであろうことを語らせる。そこで語られることは衝撃的ではあるけれど、戦争が何かを知りたければ、決して耳をふさいではならないこと。

ムーア監督のコメントに違わぬ凄まじいドキュメンタリー。戦争の記憶を風化させないために見るべき映画の自分的筆頭で、日本が戦争に参加できるよう変わっていく流れにあるなか、その是非を考えるうえでも必見の映画だった。

なお、アップリンクは毎週水曜日の午前10時より、土曜日から1週間分の予約販売を開始するのだけれど、月曜日に映画館に行ったところ、金曜日分まですべて完売(当日券はあるけれど多くない)。1週間の追加上映(8月25日まで)が決定した。私のように初めて見る人も多く、今でも気になる人が多い作品なのかもしれない。

●物語(50%×5.0):2.50
・現実の戦争経験者の言葉に戦慄する。テレビで絶対に放映できないけれど、終戦記念日に見るのにふさわしい映画。

●演技、演出(30%×5.0):1.50
・戦慄の言葉を引き出す奥崎謙三の緊迫感、それを導いた原一男監督の手腕。ある意味、奇跡的な作品。

●映像、音、音楽(20%×4.0):0.80
・奥崎謙三のみならず、彼に問い詰められ、語る人の顔のアップが印象的。最近、国会で見る顔と同じような表情かも。

●お好み加点:+0.20
・自分的歴史遺産の作品。日中戦争から太平洋戦争で亡くなった軍人・軍属の数は230万人で、約6割が兵站軽視のツケによる餓死、戦病死だったとする見方もある(引用はURL参照)。派手な戦闘による戦死を描く映画は多いけれど、大多数の人にとってはここで語られることが戦争の現実。もし自分が同様の立場にあったとしたら、と想像すると、とても怖ろしい。
(https://mainichi.jp/feature/afterwar70/pacificwar/data1.html)