垂直落下式サミング

クレヨンしんちゃん 電撃!ブタのヒヅメ大作戦の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

4.5
子供のころにみて、筋肉がトイレに駆け込もうとするのを阻止するシーンでゲロはくほど笑った思い出の作品。今みても、劇画タッチのスピード感に持っていかれる。
本作の魅力は、サイバー兵器として生まれたぶりぶりざえもんが、しんのすけの一言によって善意を獲得するという成長を描いているところ。
力を授かったものは、例え悪を為す資質を持っていたとしても、彼の心の善意を信じるものから助けを求められれば、その力を気高い目的のために使おうするものなのだと、非情な世界のなかに希望を見せてくれる。
ぶりぶりざえもんは、しんのすけの口から発された「救いのヒーロー」とは何足るか、その言葉の真の意味を知りたがり、そして己のあるべき本当の姿を知らされると、本来の目的から逸脱して、正義について思考しはじめるのである。人とは、自らを知りたがる生き物で、美しく高潔な存在に憧れ、理想に近付こうとするものなのだ。そう信じて疑わないことに、優しさを感じる。
「私は常に強いものの味方だ」「なんかくれれば助けてやる。私は救いのヒーローだからな」など、ぶりぶりざえもんが口にする明け透けな人生哲学が実にニヒルに響く。
この映画、セリフがいちいち気が利いていて、しんちゃんを助けようとする家族や春日部防衛隊の面々が発する言葉のなかには、シンプルだがグッとくるものが多い。
白眉はラストシーンのやりとりだ。「また、こんな眺め見られるかな?」と大袋博士に問うぶりぶりざえもんに、「もちろんじゃよ。おまえは、ここまで自分の足で登ってこれたじゃないか」と、博士は消えゆく彼に希望と賛辞を含んだ言葉をおくる。そうすると、何かを悟ったように、サイバー兵器ぶりぶりざえもんはその運命を受け入れてゆくのだ。
しんのすけの目の前で主要人物の「死」を描いた劇場版は、これと『戦国大合戦』『ロボとーちゃん』の三作だけ。幼児向けギャグアニメとしては反則設定だ。あの牧歌的な世界が嫌にシリアスになってしまう。
個人的に好きなのは、捕まったお色気が磔にされて悪者に尋問を受けるシーン。これが僕の性癖を決定付けたのかもしれない。もちろん子供向けなので拷問方法はギャグアニメになっているが、ここで珍妙な手法ではぐらかされたことで、大人になってからは巨乳エージェントものを片っ端から観ることで、この部分の答え合わせをしている最中だ。女捜査官、レザースーツ、強情な女、いいですよね。なぶり甲斐があって。