松原慶太

殺人の追憶の松原慶太のレビュー・感想・評価

殺人の追憶(2003年製作の映画)
4.8
もう5〜6回観たが、観るたびに面白い。2000年以降に作られたミステリー映画でベスト級。以下、初見時に興奮しつつ書いたブログからのコピペです。

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ポン・ジュノの代表作であるのみならず、2000年代に作られた映画のなかでもベストに近い作品じゃないでしょうか。物語は、80年代軍事政権下の韓国。農村地帯でじっさいに起きた連続猟奇殺人事件(華城連続殺人事件)をもとにしています。

同じく実在の未解決事件ものですが、デビット・フィンチャーは「ゾディアック」を企画するさいにこの映画を参考にしたそうです。テイストは違う部分もありますが、物語の構造に通ずるものがあります。

主人公たちの造形は、基本的なバディ・ムービー(タイプの異なる2人組みが反発し合いながらも事件解決に向かっていく)に準じており、黒澤の「野良犬」の影響がないとは言えませんが、ちょっとこういう類いの刑事物は今までに見たことがありません。

それらしい容疑者が、あらわれては消え、あらわれては消える。だらっとした描写が続くかと思えば、とつぜん物語が爆発的にドライブし始める。これがポン・ジュノの個性なのでしょうか。軍事政権下韓国のきな臭い時代背景とか、アジアの田舎特有の土臭い雰囲気も、描写にリアリティと奥行きをあたえています。

さて、この作品の中盤にとても「映画的」な名シーンがありました。殺人の犯行現場で、パク刑事たちが祈祷師にもらったお札を「こんなもん役に立つのかな」と言いつつ準備していると、誰かがやってくる。「おい見ろ、犯人は再び現場に現れるんだよ」と囁きながら物影にかくれるパク刑事たち。しかしやって来たのはソ刑事。現場で煙草を吹かしながらなにやら物思いに耽っています。「あいつなにやってんだろ」とパク刑事は訝しがりますが、そうこうしているうちに、さらに第三の人影が現れます。ソ刑事もあわてて物影に…。

怪しい人物を物影から見つめるソ刑事。さらにその姿を外側から観察するパク刑事たち。よく考えるとコミカルなシーンですが、画面はものすごい緊張感。そのとき怪しい人物はモソモソといかがわしい行為を始める…。

このシーンが教えてくれるのは、ようするに映画的快感とは「覗き見」なのだということでしょう。他人の人生を「覗き見」することへの興味。誰しもがもっている本能的な欲求。

このシーンではさらに覗き見している人を覗き見する、という2重の構造にすることにより、その面白さが誇張されて表現されています。「2重の覗き見」なんとも映画的なモチーフではありませんか。

このモチーフは「映画的」でもあり、どこか既視感がありましたので、なにか他の作品からの引用ではないでしょうか...。

パッと思いつくかぎりでは、ヒッチコックの「ハリーの災難」で似たシーンがありました。あの映画は、アンダーステートメントな笑いに満ちた、全編ブラックジョークのような作品で「殺人の追憶」とはまるで似ても似つかない作品です。でも、シーンそのものは同じ構造でした。また「覗き見」というテーマ的には「裏窓」もある意味ネタ元として当てはまるかもしれません。もっと他の作品でもあったかもしれませんがいまのところ思い付きません。
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