近本光司

忘れられた人々の近本光司のレビュー・感想・評価

忘れられた人々(1950年製作の映画)
5.0
この映画は完全に真実の生における出来ごとにもとづき、あらゆる登場人物はみな実在する。と、ブニュエルが冒頭に掲げる高らかな宣言文をあえてくどく訳してみた。あまりに忌々しく嘆かわしい現実のざらつき。なんの憐憫も救済もない、無神論者の冷徹なまなざし。だがブニュエルの天才は、つねにある言明と逆の言明もまた真だと思わされてしまうことにある。映画史でも一二を争う悪童のハイボがおぼえている唯一の死んだ母親の記憶は、自分を覗き込む聖母マリアのようなやさしげな表情をした母の顔だけだという。父親の帰りを待ちながら涙する田舎の少年に救いの手を差し伸べた盲目の老人は嫌がる少女に悪戯をする。不良たちは弱者を痛めつけ、母親は息子に愛想を尽かして施設送りにする。あの慈愛に満ちた更生施設の所長はいずれ自分が手渡した50ペソ札のせいでペドロの身に不幸が起こったと知るだろう。そして時おり顔を覗かせるブニュエル自身のフェチズム。剥き出しになった脚をロバの乳で洗う女。あちこちに散りばめられた生々しきディテール。半身の男が乗る荷台。犬の曲芸。ロバの乳房を吸う少年。いずれもまるで夢のようでありながら、なんらかの真実にふれている。「わたしが無神論者なのは神のおかげです」と言い残したとされるブニュエルの哲学(それとも宗教?)が刻印された傑作。