ギターはもう聞こえないの作品情報・感想・評価

上映館(1館)

ギターはもう聞こえない1991年製作の映画)

J'ENTENDES PLUS LA GUITARE

製作国:

上映時間:98分

3.7

あらすじ

「ギターはもう聞こえない」に投稿された感想・評価

トイレットペーパーが無くなった。もう芯しか残ってない?ようやく芯が見えた?変える必要は?とにかくこのショットがえげつなすぎる。

あまりフレームを押し広げようとしない執拗な寄りが良いとは思えず。
男と女がくっついたりくっつかなかったりするお話。

場面場面がなんの説明もなく飛び飛びで。
親切ではないけれど、頭の中で補完できるから問題なし。てかむしろこっちの方がいいかも。


終わり際、衝撃の報せに思わず「えっ」と言葉が漏れちまった。

けどなぜかおれはこの日もやらかす。
おそらく今までで一番の大失態。ラスト数分を寝てしまったのだ。
それまで普通に起きてたのにな…

だから結末はわからない。今度また観て確かめるつもりだ。
たは

たはの感想・評価

3.3
観ている最中は、正直「わっけわかんね〜」という感じでしたが、きっとこの空気感やシーンの切り取り方などが良いんだろう。ほとんどのカットを覚えています。映画って、こういうことなのかもしれない。アート作品に触れている感覚であった。
「男と海(mer)か、男と母(mere)か」と、男二人が洒落を言い合う冒頭のシーンに続き、以降映画は様々な二人のダイアローグを重ねることにより進行していく。

ジェラールとマリアンヌ、マルタンとローラ。若い二組のカップル。海辺の家での共同生活には、年代特有の、緩やかで気の置けない空気が漂う。
マルタンから「愛(または幸せ)を失う恐怖感」について聞いたマリアンヌは、同じ内容をローラに語って聞かせる。“冷蔵”主義という言い間違いのユーモアも交えつつ、繰り返されるダイアローグ。このとき、マルタン-マリアンヌからマリアンヌ-ローラへ、ダイアローグの“転移”が生じている。ただ、発生の場所を異にしても、その進行が停止することはない。

ダイアローグとその転移、進行がこの映画の基本的構造であり、ダイアローグの進行はそのまま時間的進行である。ラストシーンで一人家を飛び出したジェラールに、ヌーヴェル・ヴァーグ風の唐突な幕切れが訪れることはない。人生は続く。彼は次のダイアローグまで彷徨を続けるほかないのである。



二組のカップル、男女四人。心移りの気配も見受けられない彼らの生活は安穏のうちにあるように思われたが、彼らのはらむ“二人”の組み合わせの数的バリエーションは、ダイアローグの発生場所が拡散していくことを示唆するものであった。
ジェラールにかかわるこの映画において、様々な二人は常にジェラールとマリアンヌでもある。彼らはもう戻れないことも知れずに、扉の外へと出て行ってしまう——。
初めから、終わりの予感がそこにあった。マリアンヌの天使のような容貌も相俟って、海辺の家はサンクチュアリのような尊さをまとう。



シネマ・ジャック&ベティにて鑑賞。

おそらく初めて観た気がするフィリップ・ガレル。
二本連続で観たけれど、まあまあ眠ってしまった…。
なつこ

なつこの感想・評価

4.2
毎日がこんなに静かだったらいいのに こんなに自分の現実とはかけ離れてるのに とてもリアルなのはなぜでしょう..
ギター…

このレビューはネタバレを含みます

おしっこしながらチューするんかああ
ここから、ガレルの白の絵が好きになったかもしれないです。
adeletree

adeletreeの感想・評価

4.0
愛に纏わる話が好き
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