ninjiro

あの夏、いちばん静かな海。のninjiroのレビュー・感想・評価

3.7
波乗りなんていうのは、全くの未経験者からすればそのスポーツジャンルそのものが果てしなく高くそびえる波のようなもので、何となくやってみたいな、とふと思うことはあっても、おいそれと今日から始められるものではあるまい。
浜辺でたむろして笑ってる奴を見てみろよ。皆んな笑ってる。笑ってる奴らは、要は笑顔なだけなんだけど。

映画の世界ではスタッフとして叩き上げられた経験は無く、かつての演者としての経験や、観察者としての視点以外は何も持ち合わせていない状態で監督業を始めた北野武。演者としても素人から始めて、元々漫才だって長く続いた売れない時代に散々屈辱も舐めて来た筈だ。

静かに見える広い海の波間に揉まれて、ちっとも静かでも優雅でもない、血は勢いよく巡って頭の中を一瞬空っぽにする。
公式ってなんだよ。それって結局末端から金を集める窓口ってことだろ。お前らが波を管理してくれてるのか?公式な記録ってなんなんだよ。先にその場所に居た奴が一番なら、もうその先には何にもねえよ。

海を目の前にした背中達は、彼らの輝く瞳を想起させる。長く続かない夏は、何処を切り取っても特別な瞬間で、寒々とした青も、黒味の混じった砂浜も、大海原のほんの玄関口で必死になってる小さな自分たちも、俯瞰で捉えて掻き集めて優しく抱きしめて。
同時に不器用ながら自分が正しいと信じたこと各々の胸に秘めて必死に毎日を生きる人々は、その日々の答え合わせを誰に求めるでもなく淡々と振り返ることなく、ほんの一欠片の郷愁と共にふと顔を上げて、俺達ゃ毎日、大好きと大嫌いの狭間で生きてんだ。

肌寒い夕暮れ、歩いても歩いてもそのまま夜になっても心はまだ朧げなまま、踏みつけられて火を消された吸い殻の転がる歩道、人影疎らな心細さよりも、まだ勝るのは自分勝手な欲望、もしも今、遠くに見える信号の向こうから駆けてくる影が君だったなら。
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