原題は"Pat Garrett and Billy the Kid"
マイケルチミノの"Thunder Bolt and Lightfoot"と同じく、語呂とかで邦題にしちゃったパターン…メインキャスト二人なのに一人を削るっていう…嗚呼コマーシャリズム…
実際、クリスクリストファーソン演じるビリーザキッドより、ジェームズコバーンのパットギャレットに視点を置いて描かれている
この二人、かつての親友なのだけれど時代は変わり追う者と追われる者という立場に
本人の思いはどうあれ、ビリーザキッドのような愛されキャラ、人たらしっていうのはいるもので
どちらかというと憎まれキャラ、慕う人いても隠れファンだけみたいなタイプの自分はどうしてもパットギャレットに肩入れしたくなる
サムペキンパー監督でなければこの空気は出せなかっただろうな、と思える見応え
脚本はアメリカンニューシネマの金字塔「断絶」からの抜擢と思われるルディーワーリッツァー
ブランコのシーン、伊丹十三「お葬式」での宮本信子のあの名シーンを思い出した(オマージュなのかもしれない)
リタクーリッジ可愛いし、ハリーディーンスタントンいい味出してるし、そしてなによりボブディランのハスに構えたセンシティブさ(どこか浅井健一ぽくもある)が素晴らしくて、俳優としてのボブディランをもっと見たくなった
ジェームズコバーンが見たことがないくらい感情をむき出しにするシーンがあるのだけれど、この作品を集約している気がした
ボブディランが手がけた音楽もあいまって、男たちの哀しさ、やるせなさが深刻ぶらずに沁み入るように伝わってくる作品
余談だけれど、この作品が公開された二ヶ月後にブルースリーが夭逝している
ジェームズコバーンはブルースリーが唱えたジークンドーの門下生
葬儀の際、ブルースリーの棺を同門のスティーブマックィーンらと運んだわけだけれど、この作品の撮影時期や内容を考えると符牒の一致という気がしないでもない