サマセット7

プラダを着た悪魔のサマセット7のレビュー・感想・評価

プラダを着た悪魔(2006年製作の映画)
4.6
監督はドラマ「セックスアンドザシティ」や「マーリー世界一おバカな犬が教えてくれたこと」のデヴィッド・フランケル。
主演は「プリティプリンセス」「レ・ミゼラブル」「マイインターン」のアン・ハサウェイと、「ソフィーの選択」「マンマ・ミーヤ」などのメリル・ストリープ。
原作はローレン・ワイズバーガー作の同名小説。

名門大学を出たアンディことアンドレア(ハサウェイ)は、ジャーナリストになる夢を叶えるため就活するが、偶然が重なり高級ファッション誌「ランウェイ」の編集長ミランダ(ストリープ)の第二アシスタントの職を得る。
ミランダは、業界において知らぬ人のいない、伝説的編集長。
しかし、彼女はアシスタントに無理難題を強いて何人も辞めさせている「悪魔」のような上司であった!
アンディはファッションには一切興味がなく、アシスタント職は自分の夢を叶えるための踏み台としか考えていなかったが、ミランダの理不尽な要求に応えていくうち、仕事とファッションへの取り組み方が変わっていき…。

原作者のローレン・ワイズバーガーは、世界的ファッション誌ヴォーグで、実在の伝説的編集長であるアナ・ウィンターの下で1年間アシスタントを務めていた人物。
原作小説は、原作者の実体験が元ネタになったと思われ、リアリティのある高級ファッション誌編集部の華やかかつ過酷な激務と主人公の成長を描き、ベストセラーとなった。
今作もまた、多様な魅力が噛み合い、興行的に大成功をおさめた。
アカデミー賞では2部門でノミネート。
批評家の評価は、メリル・ストリープの演技とファッション性については絶賛を集め、全体としてはまずまずといったところか。

ジャンルは、ファッション誌の編集長とそのアシスタントの業務を描いた仕事もの。
コメディ要素、恋愛要素を含む。

前半のメインストーリーは、ファッション誌の鬼編集長ミランダの下で、アンディが苦しみながらも奮闘し、仕事やファッションの面白さに目覚めていく、というもの。
後半は、仕事が順調に進んだが故の、プライベートに時間を割くことの難しさや、新たな人脈のつながり、生き馬の目を抜く競争の過酷さが描かれる。

個人的に、今作は何度も観ている大好きな作品である。
今作の魅力は、テンポの良い巧みなストーリーテリング、魅力的なキャラクターと役にはまった演者の見事な演技、ファッションの華麗さ、業界内幕ものとしての面白み、そして何より、深いテーマ性と仕事をしているすべての社会人(特に女性か)を勇気づけるメッセージ性にある。

今作の監督デヴィッド・フランケルは大ヒットドラマ「セックスアンドザシティ」を演出した人物。
スピーディーかつ分かりやすくシーンをどんどんつなげていく語り口は、非常にテンポが良い。
例えばオープニング。
軽快な音楽とともに、モデル体型で素人目にもわかる高級ファッションに身を包んだ美女たちが颯爽と通勤する朝の様子が、次々と並行して描かれる。
その合間に、垢抜けないファッションのアンディが自宅を出る様子が挟まれる。
この時点で映画にすっと引き込まれるが、その後アンディがファッション誌ランウェイの採用面接に行っていたことが明らかになる。
応募内容は、直近で2人も辞めているミランダ編集長の第二アシスタント。
高級ファッションでキメた第一アシスタントのエミリーは、アンディの格好を見て不合格を確信した様子。
その時、ミランダが予定より早く出社すると一報が入り、編集部全体に激震と緊張が走る!
アンディ(と観客)は悪い予感しかしない。
そこで、ミランダ登場のシーンの迫力とカッコ良さ!!
ここから緊張感漲る面接、その後の結果通知まで、流れるようなシーン運びで進む。
この一連のシーンで、ミランダ、アンディ、エミリーのそれぞれのキャラクターが効率よく伝えられ、かつ、シーン自体が大変面白い。
全編こうした具合で、映画が終わるのはあっという間。
観客の集中力を切らすことがない。
これは監督の技量というべきだろう。

監督の技といえば、今作では、序盤の行動やセリフが後半に異なったニュアンスで再び描かれ、アンディの成長や変化を表現するという手法が頻出する。
アンディのハイヒール、ミランダのコートとカバン、サイズに関するナイジェルとの問答、第二秘書への呼びかけ方、服の選び方などなど。
手を替え品を替え、実によく出来ている。

今作のキャラクターの何人かは、非常に魅力的で忘れ難い。
まずはアンディ。
今作のテーマは、アンディのミランダとの仕事を通じた、人間としての成長にある。
アンディの成長は特に前半、視覚的に、ファッションとリンクして描かれる。
演じるアン・ハサウェイは、今作以前に「プリティプリンセス」でシンデレラストーリーを演じた役者であり、垢抜けない時は野暮ったく、垢抜けた時は華麗に美しく演じられることは実証済み。
今作でも見事に、アンディの内面的変化を表現している(もちろんファッション・コーディネイターの実力込みで)。

ところで、アンディが卒業したノースウェスタン大学は、2020年の世界大学ランキング22位。
東大が36位であることを考えると、そのレベルの高さが知れよう。
アメリカの大学の中でも上位に入る名門である。
アン・ハサウェイの美貌もあり、アンディのスペックは初めから凄まじく高い。
だからこそ、アンディはランウェイの編集長アシスタントという要職に就くことができたのだ。
その後の仕事上の機転や記憶力はアンディの地頭の良さならではである。
逆に言うと、今作が描きたい「アンディの成長」は、表層的な、アシスタントの業務の賢い進め方などではない。
ハリーポッターの新刊を巡るトラブルとその解決の顛末は極めて爽快ですっきりするし、重要な場面ではあるが、あくまでアンディの成長という意味では道半ばである。
押さえておきたいのは、当初彼女は労働を、家賃を払うためのものと捉えていたこと。
自分がやるランウェイでの仕事の意義について何も考えていなかったこと。
そして、あくまで報道関係のジャーナリストになることが彼女の夢であり、ランウェイでの仕事は、そのための踏み台に過ぎなかったことである。

今作のタイトルロールであるミランダもまた、強く印象に残るキャラクターである。
決め台詞「以上よ」の冷徹な破壊力!
華麗に最新ファッションで着飾る外観のインパクト!
呟くように言葉を連ねることで、却って生まれる恐ろしさ!
その指示の唯我独尊公私混同の理不尽さと横暴さ!
歴史と伝統を誇る人気雑誌が、すべて彼女の指揮命令で作られるという権威と責任!
そして、ファッションという超巨大産業の最先端を自認する、苛烈なまでの自信と誇り!
序盤のセルリアンに関する長台詞と、最終盤の「誰もが私たちに憧れているのよ」というセリフは彼女のキャラクターを端的に表している。
メリル・ストリープのアカデミー賞常連の女優としての華麗なるキャリアは、ミランダの経歴と一致して、凄まじいオーラを見せている。
メリル・ストリープは、普段の鬼編集長としての姿と、プライベートでの姿のギャップもまた完璧に演じており、素晴らしい。
ミランダを、単なる邪悪なモンスター上司として描くのではなく、人生を仕事に捧げた人間の一つの完成形として、敬意をもって描いている点に、今作の特徴がある。

第一アシスタントでありアンディをライバル視するが人間臭く憎めないエミリー、ミランダの右腕でアンディに厳しくも優しい助言をくれるファッションディレクターのナイジェルも、印象的なキャラクターだ。
特にナイジェルがアンディに伝える言葉には名言が多く、アンディだけでなく観客にも刺さるものがある。
「君はトライしていない。めそめそ愚痴を言っているだけだ。」

他方、アンディの恋人、友人、父親らの描かれ方はやや類型的なきらいがある。
彼らは仕事によって犠牲になる「プライベート」の象徴であり、今作においてはそれ以上の存在ではない。

今作で各キャラクターの纏う恐ろしく値段の張る華麗なるファッションは、14年経った今でも眼福だ。
今作の衣装は、「セックスアンドザシティ」のパトリシア・シールドが担当。
最先端ファッションの煌びやかな世界を鮮やかに再現している。
アンディがついにファッションに目覚めた際の一連のシーンは、アンディの最初の変化を外観上一目瞭然に表現した痛快なシーンである。

高級ファッション誌編集長の華麗なる生活や知られざるスピード感溢れる業務の様子は、一般人には想像することすら困難であり、今作には業界を覗き見する楽しみもある。

繰り返すが、今作のテーマは、アンディが、ミランダとの仕事を通じて、人間として成長していく点にある。
アンディが今作においてミランダやナイジェルから直接的、間接的に学ぶことは、人生や仕事にあたって普遍的な教訓に満ちている。
環境について嘆いても意味がなく、別の環境に移動するつもりがなければ、自分を環境に合わせて変えるしかないこと。
評価者の期待に応えるだけでなく、期待を超えて真の要望を叶えることが、サービスの真髄であること。
少なくとも自分の仕事と心得て行った行為であれば、それは須く自分の決断の結果であり、行為の結果に対する責任は自ら引き受ける必要があること。
だからこそ、他人に流されることなく、自分の人生や仕事は自分の意思で選択するべきこと。
本作の最終盤、アンディは初めて自分の意思である決断をするが、その決断は、ミランダの意向には合っていないかも知れないが、ミランダの教えには100%合致したものである。
ここにきて、アンディはようやくたしかに人間として成長したことがはっきりする。
ラスト、ミランダの印象的なメッセージと、歩くアンディの足元が、アンディの成長を物語る。

今作には、働くすべての者への、厳しくも温かいメッセージが詰まっている。
上に挙げたものの他にも、自らの仕事に誇りをもつことの大切さ、仕事をやり遂げた時の達成感と自己実現の快感、プライベートと仕事のバランスを取ることの難しさ。
そして、どんな仕事であれ、学ぶつもりでやれば、その後の人生の糧とならない仕事はないこと。
最大のメッセージは、「悪魔のような」ミランダをけちょんけちょんにやっつけて、彼女の生き方を否定して終わらせることも出来たであろうに、彼女の生き方にも敬意を込めた結末に仕上げている点である。
ラストでもしもアンディが異なる選択をしていれば、その先にあったのは誰の背中か。
アンディの選択は、どちらであったとしても、それは間違いとは言えない。
決まった正解などないのだ。
重要なのは、自分の意思と責任の下で選択したこと。
The decision is yours.

個人的にこの映画が大好きなのは、スピーディーで楽しいテンポ感もあるが、何より、仕事を真面目に頑張って成果が出た時の達成感を描いている点に肯定的なメッセージが感じられるからである。
仕事を真面目に頑張ることを、ここまで軽やかに、仕事の辛い負の部分も含めて、多面的に描いた映画はあまり多くないように思う。
働く自分の心の栄養ドリンクとして、常備しておきたい作品である。

なおラストのアンディの決断後の行動について、社会人として無責任とか非常識という批判もあるかも知れない。
また、アンディの男性関係について眉をしかめる向きもあるかも知れない。
前者は私ももっともな批判だと思うが、映画ならではの劇的かつスタイリッシュな演出であって、そこでリアリティを求めても仕方がないように思う。
後者については、私は、恋愛の相手はアンディの選択の先にあるものの象徴に過ぎず、今作のメインテーマではないと考えているので、特に気にならない。

仕事ものの決定版的快作。
アン・ハサウェイのその後の活躍を思うと、名優メリル・ストリープとの今作での共演には、ミランダがアンディに与えたような刺激があったのかななどと妄想したくなる。
アン・ハサウェイがアカデミー賞助演女優賞を獲得するのは2012年、今作公開の6年後のことである。