KAJI77

怪談のKAJI77のレビュー・感想・評価

怪談(1965年製作の映画)
3.7
リクライニング•シートの深い青色に包まれながら、僕はこれまでの日々とこれからの日々を繋ぎ合わせようと努めていた。

地元に帰るのは本当に久しぶりで、はや4年大阪で暮らしているからか実家への帰省ではなく、「四国への慰労の旅」という感覚が確かにあるのが何だかおかしくて、気を抜くと笑ってしまいそうになる。
潜伏期間は約3週間。
来年度から東京に暮らす僕にとっては、暫定最後の長期的な帰省になるだろう。

暮らしの中で凝り固まった背中をそれよりも更に硬いシートに預けていると、浸透圧のせいだろうか、肉体がアスファルトを感じてゆらゆら同調しては、右往左往していた高校時代の地元の事について想いが馳せられていく。

好きだったあの景色は残っているだろうか?
好きだったあの子はどんな化粧をしているだろうか?
好きだった彼らはどこへ行ってしまうんだろうか?

知りたいような、それでいて確かめるのが少し怖いような。
そんな不安と期待を誤魔化したいのか、僕の視線は自然とフロントガラスの上で眠るデジタル時計の蛍光色に吸い込まれていく。


僕は夜行バスが好きだ。
夜の10時過ぎ、見知らぬ若者達が見も知らない一地点に集まり、この箱の魔力に魅せられてゆく。さながらバナナ•トラップのように、一度乗り込むと次に目が覚めればもう同じ地には居られない。流れ着く先はもしかしたら網の中かもしれないし、籠の中かもしれない。それはきっと翌朝の神様にしか知り得ない。
そんな格安の運命論に身を委ねる僕らはBeatlesよりも偉いに違いないのだ。

深夜0時を回ればバスは完全に消灯する。高速道路の白色の電灯に照らされたカーテンが等間隔で薄暗く点滅し、夜の静けさを瞼の裏にじんわり伝えてくる。
隣で寝ているの男の子は大学生だろうか?
僕が年長さんなので、その場合は高確率で歳下なのだろう。
眩く白いTシャツの袖口についた日焼けの跡が、僕とは対照的な彼の健康を慎ましく物語っている。
上下する喉仏から漏れ出た小さな寝息は、幻聴の如く微かに空調の音に染み入っては消えてゆく。
寝ている彼はこの美しい静寂を認識できないのだと思うと、昼夜が逆転した僕の「終わってる生活」も案外悪くない気がしてきた。

僕はこの空間がたまらなく好きだとやっぱり思った。

予約が無ければ縁もゆかりもない人々が、この多動症の星空の下で今、共に明日をいざなっているという字面だけで面白い。
とてもおかしな、それでいて素敵な巡り合わせだなと感じるのは、それだけ一人で過ごす夜に慣れきってしまったからなのか。
窓の桟に肘をついて頬杖して、そんな考えを巡らせてはガラスの向こうで流れていくガードレールの白を目で追いかけてみる。

「もういっそ知らない所まで走り去ってくれよ」

誰の邪魔にもならないのなら、そう声にも出てしまいそうだ。



しかし、そんな些細な幸福の瞬間すら、不運な僕からは剥離してしまうようで、思わず普通に口にしてしまった。 



「ヤバい絶対エアコン消してへん。」



これからの日々は、これまでの日々にとってどのようなものになるだろうか。

きっと翌朝の神様なんかには分からない。


『怪談』
2022/08/05
KAJI77

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