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ダーティハリー5の東京キネマのレビュー・感想・評価

ダーティハリー5(1988年製作の映画)
3.3
ようやく【5】に辿りつきました。この作品だけは初見だぞ、と気負って見始めたのですが、見るシーンに記憶があるぞ。何だよ、これも見てたよ。何のことはないダーティハリー・シリーズは全て見てました、というお粗末な結末でございました(笑)。本当に私の記憶はいい加減なもんです。

さて本作、ダーティハリー・シリーズの最低作品との評価でありますが、どうしてどうしてなかなか面白い作品でありました。展開は早いし、コンパクトにストーリーをまとめてますし、本編91分ときっちりプログラム・ピクチャーのフォーマットです。

その後の大物感を全く匂わせないジム・キャリー、リーアム・ニーソンのプロトタイプな半完成品の芝居もチャーミングですし、マシンガンで撃ちまくられても傷一つ負わないハリー・キャラハンもそんなアホな感満載で楽しませて頂きました。決して流して創ってる訳ではありません、と思いたいです(笑)


ねえ、クリントさん、そろそろハリーの5作目作ろうよ、とワーナーの幹部。

もうネタ切れだよ、それに新作(『バード』)の準備に入っちゃってるし、時間がない。

そんなこと言わないでよ、顔を出すだけでいいからさ、仕込みはこっちで全部やるから。

もうしようがないなあ、じゃあ条件があるけどいい?  

いいよ、何でも聞くよ。

監督はバディ・ヴァン・ホーンにする。

え? ちょっと待ってよ、そいつあんたのスタントマンじゃないの。

大丈夫だよ、彼はずう~っと私のアシスタントだったし、やり方は解ってるから。それと、カメラマンはジャック・N・グリーンにする。

ええっ? だってブルース・サーティースの助手だろ?  

いやいや心配ない、新作の方も彼に撮ってもらおうと思ってるし、一昨年既に一本(『ハートブレイク・リッジ』)撮ってるよ。

なんか素人ばっかりじゃん、本当に大丈夫かい?  

嫌だったらやらない!  

解った解った、だからやって、ね?



で、時間もないので、クリントさんは今までのダーティハリーと同じ作劇フォーマットを踏襲することにしました。大きな軸としては二つ。

1)警察権力対犯罪者という構図にしない。
2)ボスキャラ(犯罪者)は必ず二重構造にすること。

で、1)を補強するためにA)ハリー・キャラハンは殺人課から外れること(今回もマフィア関連の事件で見事に内勤に左遷)、B)上司からはいつもドヤされ続ける(つまり、警察組織の鼻つまみ者)、C)何故か偶然強盗を見付けて犯人をぶっ殺す(通常業務以外でしか過剰反応しない)、D)ラストの対決は権力のシンボルであるマグナムを使わない(今回はなんと捕鯨砲!)。これで警察権力の代表としてではなく、ハリー・キャラハン個人という構図になるので、バカな映画評論家に、警察は暴力装置だ、なんて柳腰センゴクされても大丈夫です。

2)に関しては、今回は前フリでマフィアに狙われることで緊張感を作り、連続殺人犯は明らかにコイツだろうって流れにしてから、真犯人登場という二枚重ねの構造です。これにハリーのホットドッグもりもりとか(今回はこれがない。だから物足りないんだよ〜)、瀕死の重傷を負う相棒をマイノリティから選んで(今回は中国人)色々サブプロットは膨らましてね、っていうことで後はシナリオ・ライターちゃんよろしく、で準備完了です。

でもなあ~、とクリントさんは考えます。同じことは二度とやらないと宣言した俺がこんなもん作って良いのかなあ、でもなあ、やりたいことをやろうとすると又右翼だとか言われるし、ワーナーも怒るだろうしなあ。だけどさあ、冷静に考えると、こんな状況になったのは、何も解ってない評論家が大騒ぎしたからじゃん。悔しいから、いっそメチャクチャに殺される映画評論家を登場させようか。役柄もあのババアそっくりに作ってさあ。アハハ、これはいいアイデアだぞ・・・。

と、作られたのが本作品です。ではなく、飽くまでわたくしの妄想でございます(笑)

で、結論ですが、やっぱり【1】は大傑作でした。【5】のレビューになってませんが、本当に正直な感想なんでございます。どんな凡作にも全て理由がある訳でして、それはむしろ傑作だからこそ派生的な影響でそうなってしまったことなんです。ですから、これを見てから【1】を見直すとその凄さが良く解ると思いますよ。