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未知への飛行のotomisanのレビュー・感想・評価

未知への飛行(1964年製作の映画)
4.4
 巨大な監視モニター上に眺める戦場風景は魔法使いが幅を利かせていた頃からお馴染みだが、近くは「モダン・タイムス」の社長が「なまけ者」工員にムチを入れ、市場戦でライバル社を覆滅する増産を企図する道具として紹介された。
 三半世紀経つとソースデータの仕掛けは全球を覆うレーダーと人工衛星の監視網となって冷戦の「戦」の部分をスクリーンに映し出す。これがXEROXのALTOで空戦ゲームやってる感じでとても素朴だ。ただ、画面が巨大なら走査線も巨大で、若い人には想像もつくまいが、昔、部屋を真っ暗にしてブラウン管を虫眼鏡で覗き、走査線の輝度が変わるのを睨めっこしたのが懐かしい。ああやって何千キロも先の冷「戦」現場をつぶさに監視してる積りでも作戦行動の頂点、大統領と末端、グレイディ大佐間には大きな結線上の不安がある。
 故障基盤を差し替えた途端、モスクワ攻撃本番命令が誰も頼んでないのに発効され、それを引き金に優秀なソ連技術が数理的に実戦開始と判断、生身の幕僚連があり得んと思いつつも、たちまち米軍の通信をジャムって爆撃隊は超音速で空の孤島、もう大統領さえモスクワ決戦を止められない。

 ちょうど同じころ英国ではキューブリック司令官が狂を発し、ソ連爆撃命令を飛ばして自殺してしまうが、戦略核運用について、英国ではヒトの弱点を、ルメットの米国では機械の弱点を衝いて警告を発したような格好だ。考えてみると、宇宙技術、コンピュータといい、電子機器、トランジスタだのといい、せいぜいここ十年の実用に過ぎない。進歩は早いが粗もまた潰しきれない。それでもその見込める機能をフル活用して人力の及ばない広範囲かつ精細な事柄をモニターし整理、集約するよう努めているわけだが、その仕組みの耐久性安定性信頼性、多重性、抗堪力は要求水準を保てるのか?
 ある程度以上の悪条件下では使って見なくちゃ分からないなんて事は、この5年ほどのち、高校時分のビル・ゲイツもハッカーごっこから始った粗さがし業務でよそ様のコンピューター運用の問題点を注進して業務改善に寄与してきたなんて逸話があることからも想像できるだろう。
 しかし半世紀経っても我々がまだ生きているという事はこうした粗さがしの繰り返しの成果ともいえるだろう。コンピュータのせいで温水便座が誤配送されても誰かのお尻しか死なないが、核爆弾なら命がけだ。そんな地道な営みを信じる以外に核抑止について何ができるだろう。

 人も機械も信用できないけれども一旦生み出された核戦略のシナリオは、それを上回るタチの悪いもので覆すか、うそのような信頼醸成を成さない限り多分もう引っ込められない。
 その点でも、キューブリック・シナリオでは「タチの悪い」方を選択し、モスクワ到達を諦めた生き残り機はあろうことか世界必滅、ソ連滅亡時に全世界を道連れにするために隠匿した世界一"汚い"巨大核爆発施設を代わりに爆撃し、人類の一時代を終わらせるが、こちら、ルメット・シナリオでは、うそのような信頼醸成で危機を切り抜けようとする。

 うそのようなと言ったが、本当にそうだろうか?ここで「うそ」というのは「相手国の首都を核攻撃しておいて、それは事故によるもので意図しない事であると相手国に納得させる事ができる策がある」という事である。切り出す大統領さえ納得はされまいとするそれは全面核戦争へのフェイルセーフ・ポイントでもある。それがNYC爆破である。
 これがただの思いつきでなく、唯一の身の証しの立て方であるとは政府関係者も幕僚たちも念頭にあった事で、なるほど立案済みか、といった具合。あるいは首脳間の密約でもあったのだろうか?知らないのは在野の博士たちだけだ。NYC市民も知らない、ブラッキー以外は。軽飛行機で出勤する将軍は毎朝、家族ときっと生国であろうNYCを見納めるつもりで飛び立ったのだろう。
 ブラッキーと大統領が呼びかけ交わされる文言が大統領本人、ブラック将軍本人の認証にもなっている事は言うまでもない。この時のために悪夢にうなされた日々ともお別れだ。毎夜の黒牛がNYCならそれを討つマタドールはソ連の誰かでなければ自軍の誰かに違いないが、結局だれでもないニューヨーカーである自らが担う事にした。だが、なぜ将軍はNYCに住み続けたのか?
 当時、現にソ連の核攻撃目標となっていたとは承知の市民ならどう感想を抱いただろう。この街がソ連の核でなくなるようなら、この世界も生きるには値しないから、まだしも自軍の手で世界平和の礎(ほんとうかな)として消し去ってくれた方がマシだと述べただろうか?

 戦後に当たってキューブリックなら「渚にて」が思い浮かぶが、ルメット・シナリオには何も思い浮かばない。むしろ、モスクワとNYCが同時に通信途絶した事の反響としてどんな2次災害が起きるのか。マッソウ博士が企業の文書の発掘を、と言う通りで、人の命だけじゃない、多くの借金、権利、取引、信用の証拠が失われ、世界は危機回避どころかかつて未経験の混乱にはまるだろう。
 しかし、それが二大国間の危機下での必死の均衡策であり、両国信頼担保の基礎ともなった事を理解した時、世界の在り方、というよりは世界の眺めは少し落ち着いたものとなるだろうか。30億人が向こう一カ月もの間に強いられ目の当たりにする一千万人の犠牲、そしてはるかに長く続く困苦を負う人々によって安堵された事で借金帳消しの欲も冷めるだろうか?
 図らずも、いや、図ってあったからこそ必要最低限の全てが結線されていたあの危機の中で両国の政軍首脳が電話線で一つにつながって、ポイントを越えずどうにか現世に戻ってこれたのである。この衝撃の余韻はいつまで有効でその隙に何が可能だろう。こんなポジティブな想像は夢にもほどがあって到底それ以上、その先への思いが巡らない。