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卒業のpicaruのレビュー・感想・評価

卒業(1967年製作の映画)
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【胸に響いた“silence”の話】

『卒業』

オープニング。
サイモン&ガーファンクルの「The Sounds of Silence」が流れる。
そうだ、この曲だ。
この曲が聴きたかったんだ。

映画を観るきっかけは音楽だった。
たまたま「The Sounds of Silence」という曲に出逢い、その美しい音色に惹かれ、夜、眠れなくなるほど秘密めいた世界に酔いしれた。
この曲を主題歌とする映画『卒業』に出逢うのは時間の問題だった。
さらに本作の音楽はポール・サイモンが担当している。
観ない理由はなかった。
すぐにDVDをレンタルした。

『卒業』はアメリカン・ニューシネマの代表作のひとつ。
アメリカン・ニューシネマってなんでこんなに好きな映画ばかりなんだろう。
鑑賞後、私がアメリカン・ニューシネマ特集を開催するなら、『卒業』『イージー・ライダー』『タクシードライバー』の三本立てにするだろう、なんて思った。

主演はダスティン・ホフマン。
人妻との不倫に走り、その娘に恋をしてしまう20歳の主人公・ベンジャミンを演じる。
そのぎこちなさが魅力だった。
将来に悩み、翻弄される青年を器用に表現している。
本当にそういう人なのだ、と思い込んでしまうくらい。
タイトルから、卒業までの過程を描いた話なのだと勝手に想像していたら、大学卒業後の話で驚いた。
ここでいう“卒業”は、修了や門出を祝うイベントではなかった。
もっと抽象的な。もっと観念的な。
通過儀礼のようなものだったのだ。

「The Sounds of Silence」

“Silence”を静寂と読むか、あるいは沈黙と読むか。
ゆらゆらと魚が泳ぐ水槽を見つめるベンジャミン。
じーっと水中深く沈むベンジャミン。
かと思ったらぷかぷかとプールに浮かぶベンジャミン。
主人公の内面の反映か、若者の瑞々しさの象徴か、様々なシーンで水が用いられている。
浮力に逆らうことは反抗期の幼さであり、浮力に従うことは大人としての諦めだ。
青年から大人になる。
たった一段、でも、果てしなく大きな隔たりを感じる一段。
静寂を謳い、沈黙を貫き、彼は足を踏み出した。

字幕のない音楽がセリフよりも多くを語っている。
「April Come She Will」
「Scarborough Fair」
そして「Mrs. Robinson」
音楽はいつからこんなに雄弁になったんだ。
音楽はいつからこんなに確固たるものになったんだ。
一瞬に永遠を閉じ込める音楽。
映画のために音楽が生まれたのか。
音楽のために映画が生まれたのか。
かつてない、美しい重奏だけが目の前に広がる。

ベンジャミンは悶々と真っ暗な世界を生きていた。
抜けられないトンネルの闇を彷徨うように過ごしていた。
時間が迫っている。
心が迫っている。
クライマックスへ向かって、赤い車は加速する。

そこは結婚式会場。
教会の白、ウエディングドレスの白、晴天の白。
世界が僕らに賛歌をうたっている。
今この瞬間だけは世界が僕らのために存在している。
天国だ。
教会から飛び出した僕らは、天国へ昇華された。

静寂は通過した。
沈黙は飛び越えた。

再び響く「The Sounds of Silence」

僕らは卒業した。
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