Jeffrey

ブロークバック・マウンテンのJeffreyのレビュー・感想・評価

4.0
「ブロークバック・マウンテン」

〜最初に一言、傑作。アン・リーは、アジア人ながら見事にアメリカの中西部の風土やメンタリティが反映された小説を映画化し、男同士の、ゲイの枠組みを超えて、何よりも普遍的なラブストーリーとして純粋な愛、そして愛の幻想へと導いた素晴らしい作品である。ホモフォビアと言う言葉も存在する中ヘテロセクシャルな男性が日常生活を送っている限り同性愛の人々がどんな関係を築いているか、さほど考えないが、この作品を鑑賞すると男性同士の恋愛について考えさせられる要素が多数発見できる、そんな芸術だ〜

冒頭、1963年ワイオミング州。一人のカウボーイがバスから降りる。大自然が広がり独特な野趣の空気に包まれた土地。曇天の空、二人が職を求め出逢う…本作は映画化もされた湾岸(ショッピング)ニュースでピューリッツァー賞受賞したE・アニー・プルーが、短編小説「ブロークバック・マウンテン」を発表したのは1997年のことで雑誌ニューヨーカーの10月13日号に掲載され、翌年に単行本化された。それを世界で唯一ベルリン国際映画祭最高賞の金熊賞2度受賞した台湾出身の監督アン・リーが監督して、見事に本作で金獅子とオスカー3部門に輝き、故H.レジャーとJ.ギレンホールを主演にした男性同士の愛、惹かれ合う二人の数十年間の物語を描いた傑作である。

この度久々にBDで再鑑したが素晴らしい。監督はこの作品を読んで、深い感動を覚え読み終わったとき涙を流してしまったと振り返っていた。女性が書いたとは思えないほどタフでワイルドな作品ですが、と同時に素晴らしく繊細でもある。すぐに映画化したいと思いましたと話していたことを懐かしく思う。今思えば監督のデビュー作は92年の「推手」だが、日本に初めて紹介されたのは「ウェディング・バンケット」と「恋人たちの食卓」だったと思う。当時は80年代から台頭した、いわゆる台湾ニューウェーブ(候孝賢、エドワードヤン、ツァイ・ミンリャン)といった監督たちの活躍が目立った。監督はその流れの中では些か異色だったと思う。アメリカ留学生組と言う点ではエドワード・ヤンと同じだが、他の監督と比べてリー作風はわかりやすく、作家性と娯楽性のバランスが取れていたと評価されていた。

確かこの作品が監督されていた時期って「グリーン・ディスティニー」と「ハルク」と言う超大作も掛け持ちして制作していたからかなり大変だったんじゃなかったかな?!「ブロークバック・マウンテン」は2005年のベネチア国際映画祭コンペティションに出品され、公式上映が終了するやいなや、場内を感動と絶賛の拍手で包み込んでいた。その栄光を皮切りに、ゴールデングローブ賞では作品賞と監督賞の4部門に輝き、その当時の映画賞を総なめにしていた。3月5日に発表されるアカデミー賞では最有力候補として作品賞ほか最多8部門にノミネートされるなど、日本でも大注目を集めていたことが懐かしい。確か北野武の作品も出品された年の映画祭だったと思う。さて前置きはこの辺にして物語を説明していきたいと思う。

さて、物語は1963年のワイオミング。イニス・デルマーとジャック・ツイストは、ブロークバック・マウンテンの農牧場に季節労働者として雇われ、運命の出会いを果たす。共に20歳の2人は、牧場主のジョー・アグイアーから、山でキャンプをしながら羊の放牧の管理をする仕事を命じられる。寡黙のイニスと、天衣無縫なジャック。2人ともハンサムで男らしいまで壮大で美しいブロークバック・マウンテンの大自然の中で仕事をしているうちに、次第に意気投合する2人の間には、友情を超えた、しかし本人たちすら意識しない、深い感情が芽生え始める。それはごく自然に生まれた。ある寒い夜、狭いテントで2人並んで寝ていた時、2人はまったくの成り行きで、自然な形で肉体関係を持つ。

だからといって、2人がお互いをホモセクシャルだと認知したわけではなく、シチュエーションと2人の精神的なつながりが生み出した、必然的な出来事だった。互いに気まずい罪悪感を抱きつつも、なおも熱く燃え上がる2人の情熱。彼らはその後もキャンプが終わるまで関係を続ける。しかし2人とも自らの行動の根源を頭で理解しようとはしなかった。時代、そして環境から考えて、長く続く関係では無い事は、明白だったからだ。しかし、燃え上がる情熱だけはどうしても抑えることができなかった。2人の関係を察知したジョーの意志で、予定より早く山までの労働を終えることになった彼らは、再開の約束も告げぬまま、まるで何事もなかったかのように振る舞い、別れを迎える。

しかし、ジャックは自分の前から立ち去り、視界から外れたとき、イニスは建物の物陰に隠れて人知れず号泣するのだった。帰郷後、すぐにイニスは許嫁のアルマと結婚する。まもなく、2人の娘も生まれ、彼は幸せな家庭を築き始める。一方、定職につかず、テキサスで日銭が稼げるロデオ生活を送っていたジャックは、ロデオ・クイーンのラリーンと出逢う。地元の大手農耕機材販売会社を経営する大金持ちの父を持つラリーン。積極的で竹を割ったような彼女の性格に魅了されたジャックは、彼女と結婚し、やがて息子も生まれる。1967年。ある日、イニスのもとにテキサスのジャックからブロークバック・マウンテンの写真の印刷された葉書が届く。近日中にイニスを尋ねると言う内容だった。

胸が躍り、ポストカードを持つ手が震えるイニス。ジャックと暑い日々を過ごしてブロークバック・マウンテンのあの夏からすでに4年が経っていた。妻アルマには、古い友達がテキサスから尋ねてくるだけと説明するイニス。そしてついにジャックがイニスのアパートにやってきた。窓から表に車が止まったのを見るなり玄関を飛び出すイニス。2人は再会を喜びで熱い抱擁を交わす。衝動を抑えきれないイニスは、物陰にジャックを引っ張り込み、荒々しく唇を奪うのだった。それを偶然目撃するアルマ。彼女は大きな衝撃を受ける。それは、かけがえのない家庭の崩壊につながる光景だから…。4年ぶりにジャックに再会できたことで興奮ぎみのイニスは、そんな妻の動揺には気づかない。2人が酒場に出かけると言って家を出て行った後で部屋に起こされた彼女は娘を抱きしめて、ただ泣くしか術を知らない。

イニスとジャックは、酒場でなくてモーテルのベッドの上にいた。お互いがどれだけ求め合っていたかを確認し合うように、愛し合う2人。そして遠く離れていた短くない日々の思いを告白する。次の日、2人は人気のない山の麓の川辺に行き、将来について話し合っていた。互いの思いとは裏腹に、現実的には2人とも子供にも恵まれた結婚生活があることを痛感する。それでもジャックは、イニスと2人でどこかで牧場を経営し、一緒に暮らそうと本気で願っている。でもイニスは、年に数回、数日間だけ釣りか狩猟旅行に出かけると言う口実で会うことしか叶わないとつぶやく。誰にも知られないように2人の関係をこれからも持続させるのなら、それが精一杯だと。そして彼は、彼自身畏れている決定的な理由を静かに語り始めるのだった。それは彼が9歳の時に父に連れられて目撃した衝撃的な光景だった。

彼が住む村に1組の男同士のカップルがいた。彼らは世間体などを気にせず、気丈に牧場を切り盛りしていた。だが、あの日イニスが目撃したのはリンチの末に殺された、そのカップルの片割れの男だったのだ。しかも、彼を殺したのは自分の父親だった。この記憶は、イニスの心に深い傷となって刻まれていた。だから、ジャックとの愛が世間に知られたら自分たちも同じような仕打ちを受けるに違いない。宗教、時代、環境、どう考えても2人は決して愛し合ってはならない関係だったのだ。1970年。ジャックと逢びきするたびに仕事を休んでいたイニスは、やがて職を失ってしまう。家系はアルマの細腕に頼っていた。それが原因でイニスとアルマの夫婦生活は冷め始めていたが、娘たちのためだけにかろうじて関係を保ち続けていた。

しかも夫の心がもはや自分にはないことを知るアルマは、勤務先のスーパーマーケットの上司と心を通わせるようになる。一方、ジャックとラリーンの関係も、身分の違いから次第に歯車が噛み合わなくなっていた。義父の経営する濃耕機材の会社に妻とともに勤務するジャックの息抜きは、数カ月ごとに車を飛ばしてワイオミングまでイニスに会いに行くことだけだ。互いの過程が少しずつ崩壊する中、イニスとジャックにとって生きがいとも言える年に数回の逢瀬は続いていたのだった。1975年。イニスとアルマがついに協議離婚した。やがて勤務先の上司と再婚した彼女が2人の娘を引き取り、彼は一人暮らしを始めることになった。彼が離婚したことを知ったジャックは、ついに一緒に生活できると思い込み、ワイオミングに車を飛ばすが、彼は離婚したからといって一緒になるなど到底無理だと拒絶し、ジャックはショックで打ちひしがれる。

結局、2人の関係に進展はなく、今まで通り、年に数回逢う形を、互いに受け入れるしか術はなかった。1978年。イニスは酒場で出会ったウェイトレスのキャシーと言う美しい女性と付き合い始める。彼は、キャシーを娘アルマJrと引き合わせ、食事に誘う。彼が席を外した際に、キャシーはアルマジュニアに自分が父親の再婚相手にふさわしいかどうか尋ねるが、彼女はどっちとも言えないとお茶を濁す。父親は複雑な人だと。その言葉の通り、後日イニスはキャシーの前から突然姿を消すことになる。1980年。イニスとジャックは37歳になった。年に数回、細やかな2人だけの時間をワイオミングの山々でのキャンプで過ごす2人は、まるで20歳で出会った時に変わらない無邪気さと情熱で愛し合う。しかし、歓喜に満ちたつかの間の逢瀬が終わる時、それは胸を引き裂くような悲愴感漂う別れの瞬間でもある。

1981年。春の逢瀬の朝、2人はそれぞれの生活に戻ることになっていた。イニスは次にジャックに会えるのは11月だと告げる。どうして夏に会えないのか、ジャックは彼に詰め寄る。イニスは、もう若い頃のように仕事を軽んじるわけにはいかないと、2人の娘の養育費が彼の肩に重くのしかかってきていることを理解してほしいと言う。こんなに愛し合っているのにどうすることもできない2人。人知れず年に数回だけ会うことだけで続けてきた20年間にも及ぶ関係は2人はいつしか行き場のない苛立ちを抱えていた。ジャックは叫ぶ。俺たちにはブロークバック・マウンテンの思い出しかないじゃないか。イニスもお前のせいで俺はこんな人間になってしまった。どうか俺を楽にしてくれと感情をぶつけ合う。激しく殴り合う2人。そして別れの時が来た。

ジャックは、去っていくイニスの後ろ姿を、1963年の夏の彼の姿と重ねていた。あの朝、イニスに立ったまま居眠りをしていた自分の背後から腕を伸ばして抱き寄せて耳元で歌を歌ってくれた。先のことなど考えることなく情熱的に愛し合った20歳の時の2人。あの時の記憶が、1人取り残されたジャックの遠い目に、うっすらと宿るのが見える。1982年。それは青天の霹靂だった。イニスがジャックに宛てて送った葉書が返送されてきたのだ。そこに押さされていたスタンプの文字は死亡。慌ててラリーンに電話するイニスに対して、彼女は冷静にまるで他人事のように、ジャックが車の修理中に突然破裂したタイヤの反動で地面に叩きつけられて失神し、飛び散った破片で傷を負い、出血多量で死んだことを告げる。ショックで言葉も出ないイニス。

彼は直感的に、ジャックはゲイバッシングのリンチによって、命を落としたのだと悟る。イニスの動揺を打ち消すように、ラリーンの声は続く。ジャックは自分の遺灰はブロークバック・マウンテンに撒いて欲しいと言っていたわ。遺灰は彼の実家に保管されている。そう、それからブロークバック・マウンテンはジャックにとって特別で1番のお気に入りの場所だった。密かに泣いているかのようにも聞こえるラリーンの声は、受話器を置く音とともに聞こえなくなる。イニスは傷心のまま、ジャックの生家を訪ねる。荒れた牧場の真ん中に立つ荒屋の玄関には、悲しみをみせる老いたジャックの母親が待ち受けていた。言葉もなく彼女に招き入れられると、家の中にいたジャックの父親がイニスにかたりかけてくる。ジャックはいつも言っていた。いつか親友のイニスを連れて、必ずこの家に帰ってくる。そして2人でこの牧場を立て直すんだ…。

イニスは、かつてジャックが子供の頃から使っていた自室に静かに足を踏み入れた。小さな勉強机と年季の入ったベッドだけが置かれた質素な部屋だ。おずおずと開き広げた傍のクローゼットの中には、2人が初めて出会ったブロークバック・マウンテンで、ジャックが着ていたデニムのシャツがハンガーにかけられていた。思わずそれを手に取ったイニスは、愕然とする。ジャックのシャツの下に重なるように、見覚えのあるダンガリーシャツがかけられていたからだ。それは紛れもなく自分のものだった。2人が別れ際にふざけあってレスリングをしたときに、イニスが鼻を切って出血したことがある。その時イニスは、シャツの袖で自分の血を拭いてとった。確かにそのシャツの袖には、今もなおイニスの赤い血痕が、鮮やかに色を留めていたのだった。

イニスは2枚のシャツを手に取り、ジャックの匂い、ブロークバック・マウンテンの香りがしないかと顔を寄せるが、シャツは無言のまま何の気配も立つ事はなかった。帰り際、ジャックの父親は遺灰ひ家族の墓に埋葬するよとつぶやいた。母親は、また必ず会いに来てほしいと、イニスに静かに懇願した。今やトレーラーハウスに居を構えているイニスのもとに、19歳になった娘のアルマJrが訪ねてくる。彼女は近々結婚することを告白しに来たのだ。そしてイニスにもこの式に出席してほしいと言う。イニスは仕事を理由に娘の願いを一旦は拒否するものの、考え直し仕事の都合をつけ、式に出席することを約束する。喜ぶ娘を送り出し、いつものように1人部屋に戻った彼は、娘が上着を置き忘れていたことに気づく。その上着に染み付いた娘の残り香りを嗅ぎ、几帳面にたたんでクローゼットに直す。

開いたクローゼットの扉には、ダンガリーシャツを覆う様に一緒にかけられたデニムの青いシャツがかかっている。そして傍には、ジャックが初めてイニスに送ってきた、ブロークバック・マウンテンの葉書がピンでとめられてある。それらを慈しむように手で撫でて、イニスは不器用にそっとつぶやくジャック、ジャック、僕は誓うよ…とがっつり説明するとこんな感じで、映画史上、最も心揺さぶる愛の物語と言っても過言ではないほど素晴らしい作品で、友情から精神的な愛へ、さらに肉体関係と形を変えた2人の男の愛の絆を見事に描き、離れて暮らす歳月が、いっそう互いの結びつきを強めていく。しかし、男は幼少時に目撃した同性愛者のリンチ殺人をトラウマとして内面に抱え、自分の愛は決して世間から許されるものではないと当時の閉鎖的な時代の偏見に怯える中、実に20年間にも及ぶ緊密な関係を続けていた儚ない愛を描いた作品である。

それにしても今思うと、出演者が選りすぐりで驚く。今思えばアン・ハサウェイもヒース・レジャーもオスカー俳優になっているし、2005年当時を考えると、これからのアメリカ映画背負って行くであろう2大若てスターが初共演果たしたのもすごいことだ。そして息を飲むほど美しく自然として都会の風景を寂れた乾色でデリケートに対比させた撮影監督はイニャリトゥ監督の傑作ガエル・ガルシア・ベルナル主演の「アモーレス・ペロス」で国際的に高い評価を受けて、後にエミネム主演の「8Mile」や「アレクサンダー」などハリウッド映画でも活躍するロドリゴ・プリエトと言うところを知って欲しい。そして同じくベルナル主演の「モーターサイクル・ダイアリーズ」と言うチェゲバラの物語を描いた作品と先程の監督イニャリトゥの「21グラム」の音楽を担当したグスターボ・サンタオラヤがカントリー調のアコースティックの旋律に西部の哀愁を漂わせた絶妙の音楽を提供していた。

それから挿入歌としてボブ・ディランの楽曲をウィリー・ネルソンが歌ったり、時代を反映した名曲が挿入歌としてふんだんに取り入れているのもポイント。この作品確かアメリカ舞台になっているが撮影はカナダのアルベルト州でクランクインし、ロッキー山脈とカウレイとマクリオド、カルガリー、またニューメキシコ州のラ・シメラでロケをしていたと思う。さて、ここからは印象的だった場面などを話していきたいと思う。まずこの作品は主人公2人を陰と陽のように対照的なパーソナリティーとして描いていて(ミンリャンの「青春神話」が一瞬頭をよぎった)非常に良かった。2人のキャラクターは、西部と言う土地にも深く関わっており、西部と言うミステリアスで保守的な土地を2人の人間を通して描いた点はかなり個人的には評価の高いところであった。一面を埋め尽くす羊の群れ、居心地のいい音楽、ハーモニカ。

蒼穹の美しさ、夜天と焚火の神秘さ、晩翠の香草の芳ばしさ。テント内での初体験。大切な人への哀しみが虚空を見せる男の何とも言えない静寂の中の辛さが画面から伝わる。二人の役者は仕草から呼吸の仕方さえも完璧に演じた。本作には幾つも名シーンがある。ゲイ差別主義者が同性愛を虐殺する過去の物語を語る場面、服を見つける場面、互いに言い争う場面、我慢出来ず急に愛し合う場面、妻が長年の思い伝える場面等…社会派の普遍性を綺麗な土地で、しかも保守色強い時代背景を持ち、それに西部的要素を入れた良い意味で異色な同性愛ドラマで、独自性に満ち非常にお気に入りの一本で、多分個人的に初めて観た同性映画だったと思われる…。兎に角葛藤を描き、文化や人間性を映し、カット割りの美しさが目立つ優しい映画だ。今思うとP.ハギスの「クラッシュ」が作品賞を受賞したとは信じられない…。

冒頭の優しいカントリーミュージックから、壮大な牧歌的風景と乗り物から降りてくるヒース・レジャー演じるイニスの後ろ姿からこの作品が名作だと言う感覚になる。そんで青いトラックでやってきたジェイク・ギレンホール演じるジャックがサイドミラーでヒゲを剃るクローズアップ、2人のぎこちない会話なしの間、自己紹介、バーでお互いの話をして、羊の見張り番をする。ここまでのやり取りで約9分間なのだが、2人が路上を歩くの遠目に捉えるカメラの画は優しい。そんで広大な山と羊との川渡り、木を伐採して焚火の準備をする2人、夕焼け空、ロデオ、Gustavo Santaolallaのブロークバック・マウンテンが流れる中での昼間と夜間の対比は美しい。サウンドトラックも最高に優しさに満ち溢れとる。

あの望遠鏡で2人が上半身裸になってじゃれあってるのを冷ややかな目で見ている地主の男の視線は非常に雰囲気を恐怖に陥れる。テントの中でジャックが、イニスに触れる瞬間の時のイニスの表情はものすごくリアル。本当にレジャー演技うまいと。釣竿の先に手紙を置いたというカミングアウトの下りはすごい緊張感があるのと、ジャックの奥さんの家族が家に来て、テレビをつけるつけないで父親と口げんかする場面も迫力がある。イニスを演じたレジャーは感情を押し殺しているかのごとく、無表情で口数の少ない感じやジャックと分かれて物陰で泣き崩れる描写や全裸になって体を洗う場面などが印象的である。

本作の画期的なところは、やはり万人を感動させる話にあってわ愛、喪失、痛み、後悔の四拍子が揃って、セクシャリティの好み関係なく、普遍的なものが感動として心の底を突っつく所にあると思う。相手を求める気持ちやその必要性は欲望へと変わるリアルな場面も非常に意義深い。ディティールに対する細かい観察や簡素なセリフ、さりげなくも破壊的な曝露、注意深く描いている監督の技術はすごいもので、じっくり考慮された人間に触れるラブストーリーと、多岐にわたるジャンルにクリエイティブに挑む監督の作品のフィルモグラフィを見ても、これとこれが同じ監督のものなのと思わせるほど様々なジャンルに渡る成功的な実験を試みており、その中でこの作品が彼の中で最も完成度の高い作品だと言えるのではないだろうか。

ほぼ完璧に西部劇の約束事を尊重し、かつ感傷的であると同時に、男性的なテーマの突飛さが奇妙に融合された「ブロークバック・マウンテン」は、入り込むまでに多少骨が折れるかもしれないが、やがて激しく最終的には悲劇的な感情の頂点に達する西部劇とその巨匠たちへの美しきオマージュ、傷だらけだが親密なアメリカンラブストーリー、決して報われることがないのに、何年間も親密な関係を築き続けた傷ついた2人の男たちの悲しい物語、ヒース・レジャーの圧倒的な演技には泣かされる。長々とレビューしたがってこのセンシティブな作品をまだ未見の方はお勧めする。最後に余談なのだが、レジャーは同性愛者役を演じるに至って役作りのためにゲイの叔父の話を参考にしたとインタビューで答えていた。

彼の叔父は同性愛者だったと言うことを初めて知った。どうやら叔父は父親にカミングダウトして、病院に行って治るまで帰ってくるなと言われてそのまま家出したらしい…撮影当時は60歳だったそうだ。それからこの作品は2005年の9月のベネチア国際映画祭コンぺに正式出品されて「アビエイター」でアカデミー賞に輝くイタリア人映画美術デザイナー、ダンテ・フェレッティの審査委員長のもと、アメリカ人インディペンデント映画製作者クリスティン・ヴァション、フランス人映画監督クレール・ドゥニ、イスラエル人映画監督アモス・ギタイら好感度の審査員の満場一致によって金獅子賞に決定されている。そんで米国公開当時は今年1番の革命的な映画としてエンタテイメントウィークリー紙が大絶賛していたり、スクリーンインターナショナル誌などで全米マスコミも賛美を惜しまず、加えてマドンナやジョージ・マイケル、ブルー・スウェーバーなどの大物アーティストも賞賛を寄せていた。
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