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グッドフェローズのp99のレビュー・感想・評価

グッドフェローズ(1990年製作の映画)
3.9
マーティン・スコセッシ監督はロバート・デ・ニーロの魅せ方を熟知しているようだ。

同じく2人がタッグを組んだ『タクシードライバー』では主人公の(痛い)内面を掘り下げて掘り下げて、デ・ニーロの心に潜む「狂気」を存分に見せつけてくれた。

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本作『グッドフェローズ』において、デ・ニーロは主人公ではない。でも、登場人物の中で誰が一番魅力的かと聞かれると、やはりジミー(デ・ニーロ)と答えてしまう。それは、新米マフィアの主人公ヘンリー・ヒル(レイ・リオッタ)とその妻の視点から、デ・ニーロの客観的な「狂気」が描かれるからである。

そのため、本作では彼の内面、つまりは「狂気」の実態をよく掴むことができない。そこが彼のこわさであり、同時に魅力でもあるのだ。例えば、主人公の妻とデ・ニーロが対峙したシーンでは、彼女の震えを通してそのこわさが痛いほど伝わってくる。

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 特に印象的なのは長回しのシーンである。最も長いシーンは(多分)主人公夫妻がレストランの厨房を抜け、待ち時間なしで席に着くシーンだろう。ここでは、主人公の「特別感」が演出される。普通ならば外に並び、順番待ちをしなければならないのだが、マフィアの世界はそういう庶民の苦労など、やすやすと超えたところにあるのだ。

 このように世渡り上手な主人公と深く関わるのがジミー(デ・ニーロ)である。彼は主人公の「グッドフェローズ」(相棒)であるが、一方では同じ世界に巣食う恐ろしいマフィアでもある。

 
「友情は利害関係を超えることはできない。」

 
そういうこわさが存分に表れているのはもう一つの長回しのシーン。デ・ニーロの顔のアップになり、彼の表情の微細な変化により主人公が「あんなに彼の気が立っているところを見たことがない」と述べる場面である。客観的に見たこわさがその一言に表れている。そのこわさに気づかない庶民はむしろ幸せなのかもしれない(もちろんそれに気づかない者に待ち受けるのは「死」であるが)。

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序盤はとても暗いシーンが多いが、トンネルを抜ける際の明度のグラデーションのように段々と明るい場面が多くなってくる。でも、主人公に纏わりつく運命は暗い場所へと彼を引きずり込もうと企んでいる。

主人公は運命と、そしてデ・ニーロをはじめとする、「庶民離れした」マフィアたちとどう向き合っていくのだろうか?それは背景やバックミュージックのように決して明るいものではない。