テネシー州メンフィスを舞台に、同じホテルに宿泊することになる三組のささやかな物語を描いたオムニバス映画。エルヴィス・プレスリーが緩やかな軸となる交錯。ジム・ジャームッシュ監督作であり、JVCが出資した日米共同制作の映画。そうした経緯もあってか、日本人俳優である永瀬正敏と工藤夕貴が第1章の主役を務めるのが何だか興味深い。
主要人物たちは日本人・イタリア人・イギリス人という、いずれもアメリカに対する“異邦人”で構成されている。メンフィスにおける黒人のコミュニティが描かれることも含めて、ある種の“ストレンジャー・ザン・パラダイス”と言うべき構図である。そんな彼らを米国文化の象徴めいたエルヴィス・プレスリー、そして舞台となる安宿が緩やかに接続する。登場人物達の直接的な交錯は殆ど無くとも、深夜ラジオから流れる『ブルー・ムーン』や早朝の銃声といった要素によって時系列の接点が生まれるのが面白い。
メンフィスの廃れた市街地が醸し出す、その何とも言えぬ寂寞感。80年代アメリカにおける地方都市の匂いが画面から漂う。そんな情景に哀愁を与える端的な撮影の数々や、ホテル前の街角などを始めとするロケーションが印象的。ロングショットによる画面構図や役者の佇まいも相俟って、全編に渡ってムーディーな魅力に溢れている。永瀬正敏と工藤夕貴が二人でトランクを運びながらメンフィスの街中をとぼとぼ歩く、そんな何気ないシーンですら絵になっている。煤けたような色彩が中心となっているだけに、真っ赤なスーツやトランクなどの鮮明な美術が要所要所で印象に残る。キスを交わして口元が真っ赤になった日本人カップルが寄り添う絵面がやはり好き。
哀愁溢れる画面の中でも常に印象に残るのは、ジャームッシュらしい飄々としたユーモアである。寂しげな空気感の中で描かれる緩やかな掛け合い、何処か気の抜けたようなテンポ感。シュールな可笑しさのある遣り取りに加え、奇妙な間の使い方がやはり心地良い。登場人物たちの魅力も相俟って、愛おしきオフビート感に溢れている。ゴーストエルヴィスや可哀想なブシェミなどの描写でフフってなる。ユーモラスな作風の中でさらりと描かれる米国の社会や文化もやはり印象深い。異邦人の目線から見る“エルヴィス=アメリカのカルチャー”への三者三様の反応。そして第3章での掛け合いやコミュニティの描写が顕著なように、白人や黒人などが共存する“多民族国家”の様相もさりげなく描かれている。
永瀬正敏&工藤夕貴のアンニュイで愛嬌あるアンサンブルがやはり愛おしく、ロカビリーなファッションがお洒落で好き。彼らの出番は序盤で概ね終わってしまうものの、以後の登場人物達もみなユーモラスな存在感があって憎めない魅力に溢れている。スティーブ・ブシェミは相変わらずの存在感で良いし、ニコレッタ・ブラスキも『ダウン・バイ・ロー』に引き続いての出演で印象深い。そしてスクリーミン・ジェイ・ホーキンスやジョー・ストラマーなどのミュージシャンがさらっと出演し、自然に画面へと馴染んでいるのが妙に味わい深い。こういうところは何だかジャームッシュらしい。ホーキンスとサンク・リーのコンビ、すっとぼけてて好き。
ジャームッシュの演出は作品によって合うものや合わないものがあるけれど、本作は非常にしっくりと馴染んだ。ユーモアのノリが程良く肌に合ったこともそうだけど、オムニバス形式による適度なテンポ・構成と映像面での抑制された魅力に心地よさを感じたのが大きい。そして群像劇としての緩やかさにも憎めない魅力がある。ホテルの受付達を除いて別々の章の登場人物達は明確に交流したりはしないけれど、それでも彼らは同じ場に居合わせて確かにすれ違っているのだ。決して劇的ではなくとも、そのささやかな交錯には不思議な味わいがある。