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ミステリー・トレインのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ミステリー・トレイン(1989年製作の映画)
4.1
 森を伐採して通された線路の向こうから、煙を上げながら黒い列車が到着する。BOX席の窓側に向かい合って座るジュン(永瀬正敏)とミツコ(工藤夕貴)は互いにWALKMANを聴きながら、物思いに耽る。横浜から初めてアメリカの地を踏んだ若いカップルは、メンフィスまでの道はあと2日ほどかかると踏んでいるが、列車はすぐに終点のメンフィスへ到着する。竹竿で串刺しにしたピンク色のトランク、黒のマジックで書かれた「カール・パーキンス is BEST」の文字、2人がこの地を訪れたのは、ジュンの憧れのカール・パーキンス、ミツコの憧れのエルヴィス・プレスリーの足跡を辿るためだった。一方その頃、空港ではルイーザ(ニコレッタ・ブラスキ)が夫の遺体引き取りで揉めている最中だった。仕方なくメンフィスの街に出たルイーザは地元の男にエルヴィスの話を聞かされ、怖くなって見知らぬ女ディディ(エリザベス・ブラッコ)と相部屋に泊まろうとする。また別の場所では、工場をクビになったディディの元ボーイフレンドのジョニー(ジョー・ストラマー)が、黒人の集うビリヤード酒場で自暴自棄になっていた。去勢された男はやおら銀色の拳銃を取り出し、誰彼構わず向けて威嚇する。その姿を心配したウィル・ロビンソン(リック・アヴィレス)は、義兄でディディの実の兄であるチャーリー(スティーヴ・ブシェミ)を呼び出すのだった。

 『ストレンジャー・ザン・パラダイス』でクリーヴランド、続く『ダウン・バイ・ロー』でニュー・オリンズとロックの聖地巡礼の旅を繰り返して来たジャームッシュは、挑発的にメンフィスへ辿り着く。ジュンの好きなカール・パーキンス、ジェリー・リー・ルイス、ロイ・オービソンを擁したサン・レコード、ルーファス・トーマスやオーティス・レディング、サム&デイヴ、バーケイズらを擁したスタックス・レコード、そしてエルヴィス・プレスリーの音楽活動を支えた「R&R」誕生の地であるメンフィスを日本から来たカップルが訪ね歩く。3話構成になった24時間の物語はそれぞれ日本人、イタリア人、英国人というよそ者で構成され、「アーケイド・ホテル」に泊まることで全ての物語は円環状に繋がる。ホテルのフロント係を担当するのは、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』でエヴァ(エスター・バリント)が好きだったスクリーミン・ジェイ・ホーキンスに他ならない(横にいるベル・ボーイはスパイク・リーの弟サンク・リー)。それぞれの部屋に飾られた少し違うエルヴィスの肖像画、未亡人が見てしまった亡霊、エルヴィスと比べられることに疲れ果てたジョニーの焦燥感、そしてトム・ウェイツの案内で聞いたElvis Presleyの『Blue Moon』のどこか郷愁を誘うメロディ。心地良さと可笑しさと残酷さが同居したよそ者たちの奇妙な寓話の幕が開く。
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