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秒速5センチメートルのよーだ育休準備中のレビュー・感想・評価

秒速5センチメートル(2007年製作の映画)
3.0
「君の名は。」で大ブレイクする以前の新海作品。画のタッチやキャラクターのデザインは異なるものの、写実的で情報量の多い背景描写は既に確立されている。

13歳。鮮烈な初恋。必死で彼女(篠原明里)の生きる速度に追いつこうとした、《秒速5センチメートルの世界》を夢見た少年(遠野貴樹)の心を手紙、電車、ロケット、桜、鳥等、様々なメタファーを交えながら描いた作品。


◆桜花抄

携帯もネットも普及していない時代。分厚い時刻表を広げ、渡すべき手紙を携えて、初恋の相手に会いに行く13歳の少年。
3月4日。夕刻から大雪に見舞われた首都圏。初めてのターミナルステーションに大幅に乱れるダイヤ。擦り減って折れそうになる心。幼さ故の心細さや絶望感がひしひしと伝わってくる。日常の中における非日常感が巧く演出されている。

4時間遅れて23時過ぎ。渡すはずの手紙を無くし、伝えたいはずの気持ちは行き場がない。中途半端なファーストキスが彼の世界を変えてしまう。この夜立ち往生した電車の様に、真っ暗な雪原にひたすら足跡を残すだけの歩みが始まる。


◆コスモナウト

淡い恋心と、伝えるべき事を伝えられなかった後悔を抱えたまま、鹿児島県で思春期を過ごす貴樹。

《誰に送るでもないメールを打ち続ける》
《幻想的な世界で顔が見えない少女》

明里への想いは断ち切っている様でいて、心のどこかで無意識のうちに、過去に囚われてしまっている。現在(澄田花苗)を直視できずに、《深淵に"在る筈"の世界の秘密》を探して虚空を見つめ続ける。

打ち出されるロケットに対して抱く《想像を絶する孤独な旅》という想いは、岩舟駅へ向かう途中のあの日から変わらず貴樹を縛る彼の生き方に他ならない。


◆秒速5センチメートル

ただ生活をしているだけで悲しみが積もっていく。切実な思いを仕事にぶつけ、我武者羅に日々を過ごすうちに、自分の中の情熱が消えてしまったことに気が付く。

全体的に暗い色で描かれる本作において、唯一華やかなシーンは軽やかに桜の花弁が舞い散る、秒速5センチメートルの世界。

13歳の3月4日、豪徳寺駅を出てから、想像を絶する孤独な旅を続けてきた貴樹は、1センチしか前に進めて居なかった。《秒速5センチメートルの世界=明里の生きる速さ》には、遂に追い着く事が出来なかった。

雪に行く手を阻まれ、深淵にあるはずの世界の秘密を探して、孤独な旅に身を置き擦り減った貴樹と、過去も未来も考えず、桜が舞い散る様に刹那を生きた明里の対象的な姿が胸を打つ。


◆君の名は。

圧倒的な差ができてしまった貴樹と明里の生きる速度。雪が降る新宿新都心歩道橋の上ですれ違った二人の生きる時間は、二度と交わる事はない。One more time, One more chanceが沁みる切なく悲しいシーン。

そんなシーンを再現したのが「君の名は。」
糸守町を救った瀧と三葉が、お互いの存在を忘れてしまいながらも、どこかでお互いを探していたシーン。

同じく、雪の降る新宿新都心歩道橋の上ですれ違った二人。振り返るタイミングがズレてしまい、お互いに気付かないまま歩みを進めた。そんな二人が最終的に巡り会うことが出来たシーンは、本作を視聴した後ならガッツポーズものの大逆転!よくやった瀧くん!(瀧と貴樹って名前が似てるなぁ)



久喜駅から新宿駅経由で小田急線に乗り通学していた自分にとっては嬉しい舞台設定の今作。嗚呼!豪徳寺!参宮橋!懐かしい学生時代に帰った様な気分にさせてくれる。こんなに陰鬱じゃなかったけどね!笑