おけ

秒速5センチメートルのおけのネタバレレビュー・内容・結末

秒速5センチメートル(2007年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

この映画をやっとフルで見られた。タイトルの「秒速5センチメートル」のように、この映画の中では重要な場面で繰り返し「速度」が登場する。算数で習う通り「速度」は「距離」から「時間」の割り算で求められるが、この作品の中で描かれている「距離(空間)」と「時間」のズレが、各登場人物が歩む人生の「速度」のすれ違いに繋がり、やるせないほど胸が締め付けられていく。

第一話は中学時代。鹿児島への転校が決まったのを契機に、主人公の貴樹は小学校卒業の際に栃木に引っ越してしまった同級生の明里と待ち合わせの約束をする。年不相応に大人びた性格の二人。まだメールなんて無かった時代、彼らを繋ぐのは手紙でのやり取りだ。北へ急ぐ貴樹には明里が今どこで何をしているのかわからない。雪が降りしきる中、容赦なく経過する時間と、目的地までの距離が全く狭まらない電車の対比が徒に不安を煽る。渡そうとしていた手紙が飛ばされても涙をこらえる貴樹にぐっと来てしまった。そして、ここまでの時間と対照的に、二人が再会してからの時間はゆっくりと暖かい。それと同時に未来への不安が仄かに膨らみ、渡せなかった手紙が彼らの今後を不穏に予告する。

第二話の舞台は高校時代の種子島。個人的には第二話が一番好きだ。もう一人のヒロイン花苗が登場し、彼女の視点で物語は進む。花苗は貴樹に恋心を抱いているが、彼はいつもどこか遠くを眺めている。近くにいるのに全く近づけない花苗。彼女は目の前の貴樹の目指す世界を孤独に探し続ける。一方の貴樹は遠い明里の面影を孤独に探し続ける。彼は携帯を開いては明里に送られることのないメッセージを書いては消してを繰り返していた。手紙からメールに代わり、距離が離れていても同じ時間を共有できるはずなのに。九州から見る関東は非常に遠い。ただ、それだけではなく二人が離れていた時間も非常に遠かったのかもしれない。過去と現在、近くと遠く、時間と空間という無慈悲に横たわる二つの座標軸。ロケットの打ち上げを見つめる貴樹と花苗、それぞれの思いがすれ違い、そして胸を締め付ける。

第三話の舞台は東京。社会人となった貴樹の日常が不気味な程リアルに描かれる。仕事を辞め、三年付き合った彼女とも別れることとなった貴樹。空虚を噛み締める貴樹が夢に見たのは、中学校の頃に明里に会いに行った思い出だった。
一方、結婚を控えている明里は懐かしい手紙を見つける。それは15年前、貴樹に渡せなかった手紙だった。前に進めない貴樹と、自分の人生を生きる明里。最後のシーンは桜の舞う印象的な踏切。電車が通り過ぎたとき、そこに明里の姿はない。そのシーンを皮切りに貴樹の止まっていた時間が動き出すように感じた。

この映画を見た最初に感じたのは底知れぬ寒さだった。それは、もしかしたら自分も貴樹になるかもしれないというリアルな恐怖なのかもしれない。そしてそう錯覚させるのが上手い映画だった。その後、等身大のストーリーが納得できるような、かと言って分からない部分が多いようなえも言われぬモヤモヤを感じた。山崎まさよしさんの主題歌One more time,One more chanceのサビは「いつでも捜しているよ どっかに君の姿を」。ここにも時間と空間が登場する。そして、この他にも時間と空間を彷彿とさせる表現が随所に散りばめられている。同じ時代に同じ場所にいなければ人と人とは出会えない。だとしたら今の出会いを大事に、自分の速度で歩いていかなきゃいけない気がする。モヤモヤしつつも何となくそう思えてスッキリする映画だった。
おけ

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