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サイダーハウス・ルールのsのネタバレレビュー・内容・結末

サイダーハウス・ルール(1999年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

【構造の分析】
この映画には様々なルールが描かれ、そして破られる。

社会には法というルールがある。この時代に中絶手術は違法である。

ラーチ医師は「人の役に立つ」ことをルールとしている。ラーチ医師はルールに則り中絶手術を施すが、ルールに違反してホーマーを孤児院に引き止めていた。

キャンディは愛のルールに縛られている。戦争へ行くワージントンを愛しながら、寂しさを埋めるようにホーマーも愛してしまう。

ミスターローズは巧みなナイフ捌きでサイダーハウスにルールを敷く。サイダーハウスの秩序を乱すものはナイフで切りつけられ、それは彼自身も例外ではなかった。また彼は、父と娘のルールをも破った。

白人と黒人は見えないルールで線引きされている。ホーマーを迎えたミスターローズは「新時代のはじまりか?」とジョークを飛ばし、黒人ばかりの宿舎に白人を招き入れる。

サイダーハウスには壁に貼られたルールがある。白人が作った的はずれなルールは労働者に一切尊重されず、火へ投げ込まれる。

ルールに縛られる人々の中で、ホーマーだけが自分のルールを決めかねている。物静かで利口なホーマーだが、ラーチ医師のルールから逃れ、キャンディと愛のルールを破り、サイダーハウスのルールを焼く。ホーマーは人に強いられるルールから逃げ続け、決断を先延ばし続ける。

ルールを破った者にはペナルティが待っている。ラーチ医師はホーマーに再会できぬまま死んでしまった。キャンディはどちらの男を取るか、つらい選択を迫られた。ミスターローズは娘に逃げられ、ナイフで刺された。ルールに縛られルールを破り、苦しむ人々をホーマーは目撃し続けた。

人は必ず死ぬ。この世で唯一破れないルールに、多くの人が飲まれていく。
ホーマーはルールの犠牲者・娘ローズに手を差し伸べ、初めて自分の手で胎児をルールに明け渡す。
そしてホーマーは決断する。あれだけ断ったラーチ医師の跡継ぎを、最後には自分で選び取る。彼はルールの犠牲者が集う孤児院で救済者となり、いつか訪れる死のルールを待つことにする。

【再視聴用メモ】
・ルールが画作りに表されている可能性。ホーマがワージントンの車に乗って孤児院を初めて飛び出すとき、その車道は画面を真っ二つに割る。画面左手は何もない草原で、右手には雑に茂った森がある。

・喘息持ちの子の死の意味合い。ルールの犠牲者の象徴?

・シーグラスの意味合い。キャンディの投げたシーグラスをホーマーは拾って恋仲になる。キャンディと恋仲のあいだは持ち続け、別れると孤児の一人にあげてしまう。

・ラーチ医師は事故か自殺か。子どもたちを置き去りに命を絶つような人物だとは思えないが、法を破ってまで徹底した「人の役に立つ」ルールの軋轢が、ホーマーとの疎遠でいよいよ限界を迎えたようでもある。どちらとも取れる(両方だとも取れる)演出になっており、判断はつかない。

・ワージントンのルールとペナルティ。祖国のためがルールで、寂しがりのキャンディを置いて危険地に志願したのがルール破り? そのペナルティが性器を含む下半身付随? あるいは戦争へ行くのに恋人を作ったことがルール破りで、ペナルティがキャンディの妊娠?

【感想】
よくできた構造を持つ映画だが、そんなことはそっちのけできめ細やかな人間描写に胸打たれた。楽しみと切なさの同居する孤児院の暮らし、黒人労働者のたくましい歩き方、危険な任務に志願する若き軍人の達観した目。脇役の脇役までもが1943年を生きていた。
ホーマーの帰還に気づいた少女が慌てて髪を撫でつけて飛び出し、階段で急停止して喜びをひた隠す。話の筋には関係ないたった5秒の演出だが、それこそがこの映画の魅力であり、観たあとに残る心地良い余韻の正体だろう。
人間が繊細に描かれているぶん、気になった箇所もある。まずホーマー、お前だけはゴムをしなきゃ駄目だろう。キャンディもそこは敏感になれ。この二人が罪悪感に苦しむ描写が少ないためか、恋愛はとってつけた青春のような白々しさがあった。女性の中絶問題を扱っていながら女性の扱いに軽さを感じたのも、1999年製作だからの一言では片付かない事情があるように思う。孤児院が白人ばかりなのも目についた(これは1943年の世相を反映したのかもしれないが)。2021年のいま丁寧にリメイクすれば唯一無二の作品になるポテンシャルを秘めていると思う。

文字どおり擦り切れるほど観たキングコングを何度だって目をまんまるにして楽しむ孤児院の子どもたち。こうありたいものです。
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