マチュー

存在の耐えられない軽さのマチューのレビュー・感想・評価

存在の耐えられない軽さ(1988年製作の映画)
5.0
何といっても原作はあらゆる小説のなかでも最も素晴らしい部類に入るミラン・クンデラの作だ。
あれは小説についての小説でもあって、映画とは相性がいいのかどうなのかビミョーだと思ってきたから観ていなかったのが、何がきっかけか、借りて観た。

途中まではどっちかといえば否定的だった。ダニエル・デイ・ルイスの「いかにも」なドン・ファンぶりが気に食わなかったからだ。
でもジュリエット・ビノシュが画面にあらわれ、あの魅力的な眼球運動をやりはじめたときから僕はこの映画が好きになるかもしれないと思った。
このシーンのジュリエットは輝いている。医師トマーシュであるダニエルによって風邪の診察を受け、指で上下のまぶたをひろげられて、「上を見てごらん、次は下、右、左」と指示されて、大きな磨かれた実のような眼球がぐるりを描く。この眼球運動が美しい。

そのあともジュリエットは素晴らしい。
プラハの春を暴力的に押し潰していくソ連の戦車隊が到着してから、きっとこの映画が好きになると僕は完全に確信した。
いいぞ、すべてがいい。記録映像の白黒フィルムと動乱の渦中にある街の描写が見事に溶け合う、ジュリエットがカメラを向ける、将校が拳銃を突きつける、三度、銃口を彼女の目にまっすぐ向ける、ジュリエットがニヤリと微笑む、その瞬間、田舎から出てきてくすぶってきたテレーザとジュリエットがあざやかに重なる――ジュリエットがテレーザの感情をとらえる。私は生きている、私の心と体が生きている、とテレーザが燃え上がるように感じた高揚の瞬間を、将校の殺意のこもった銃口との切り返しで描き出す。
ハラショー!カウフマン!あんたはよくやった!
たとえすべてのフィルムが忘れ去られたとしても、誰が何を忘れても、このシーンだけは残る、僕が覚えていてやる。あんたは間違いなく名匠だ。
とにかくこの街のシーンは最初から最後まで何もかもいい。僕はこのシーンのためにこの映画を断固支持する。

そのあとはずっと感動しっぱなしだ。ダニエルも最初よりはずっと好きになった。サビーナを演じた女優も、チョイ役のスカルスガルドも。

もちろん半分はジュリエットの素晴らしさによる。
残りの4分の1が「ジュリエット+カメラ」のシーンによる(動乱の街と、サビーナの部屋でヌード写真を撮り合うエロチックでサスペンスフルで無言のシーンだ)。
そしてあとの4分の1が他の要素のよさだ。脚本と撮影と演出だ。共産主義の権化たちの憎々しい描き方、黒みを上手く使った編集、とか何とか。
そーゆー映画。傑作だ。