たく

晩春のたくのレビュー・感想・評価

晩春(1949年製作の映画)
3.8
いわゆる「紀子三部作」のうち本作だけ観てなくて、人から勧められてようやく鑑賞。父親が娘を嫁がせる小津監督の定型パターンの1作目となる作品で、娘のファザコンっぷりと父親の落胆がけっこうストレートに描かれてて驚いた。

鎌倉で大学教授の父の周吉と二人暮らししてる娘の紀子が、周囲から結婚を勧められて戸惑いを見せる。年ごろになったら嫁入りするのが当然だった時代に、紀子に嫁に行って欲しい父と、父が心配で嫁に行けない紀子の葛藤が描かれていくんだけど、紀子は父が心配っていうよりは単純に父が好きだから離れたくないんだよね。いつもおだやかに笑っている彼女がけっこう頑固で、周囲からしつこく結婚を勧められるのと同時に父が再婚するらしいことを知り、心を閉ざして態度を豹変させるあたりが怖かった。原節子は笑顔よりも暗い表情の方が凄みを感じる。

中盤で長々と能の場面が入るのが印象的で、ここで紀子が周吉の再婚相手と噂される女性と目礼を交わすのがターニングポイントになってる。周吉と紀子がずっとぎくしゃくしてる状況で、ついに周吉が再婚を認めて紀子に結婚を決心させるんだけど、これが周吉の一世一代の嘘というのがなんとも切ない。二人の最後の旅行となる京都の旅館で、紀子がやっぱり父と一緒に暮らしたいとわがままを言うのがファザコン丸出しで、小津作品としてけっこう露骨な描き方に驚いた。ラストの周吉が林檎の皮をむきながら涙を浮かべてうなだれるシーンも、娘を送り出す父の寂しさを結構はっきりと描くのが珍しく感じた(本当はここで小津監督が笠智衆に慟哭するよう指示したが、断られたらしい)。

紀子といえば、本作の2年後に撮られた「麦秋」で、結婚相手として条件は良いけど40歳で初婚と知って頼りなさを感じた男を蹴り、バツイチ男性を選ぶしたたかさが印象に残ってる。あと、1949年に日本で公開されたばかりの「打撃王」(アメリカ公開1942年)のゲーリー・クーパーを杉村春子が「あの野球映画の人」って言うのが、当時のリアルタイムな空気を感じさせた。
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