しょこまる

ベニスに死すのしょこまるのレビュー・感想・評価

ベニスに死す(1971年製作の映画)
5.0
完璧主義でリアリストな音楽家アッシェンバッハの持論は“美とは創り出すものであって、存在する美なんて虚像でしかない”。
彼の自我を、生を支えている美への定義。

それを、海風と共に一瞬で彼の内部から吹き抜け去らせてしまうほどの美少年・タッジオとの出会い。


タッジオ、愛しているよ。

この台詞を聞いた瞬間涙が止まらなくなってしまった。
自分が全身全霊をかけて証明しようとしていた創造物としての美を捨て去って、苦しんで足掻いた末の“存在している美”への絶対的服従。
この映画を一言で表すとしたら、この台詞が最も相応しいと思う。


友人アルフレートとの美についての論争との対比で、アッシェンバッハの心情の移り変わり、それに伴う苦しみがまるでコレラにかかったみたいにわたしの全身を痛めつけた。

アッシェンバッハのタッジオを追う視線が、なんだかすごく悲しかった。

ヴィスコンティの作品が小さい頃から好きで、この『なんだかすごく悲しい』っていう感覚をずっとうまく言えないでいたけれど、大きくなって彼の作品が“退廃的美”と表されていることを知って答え合わせをしたような気分になった。


ラストシーン。
美の前に平伏すことを決意した老人アッシェンバッハの醜い姿と純粋な表情、太陽の逆光で人間離れしたタッジオの美しさ。

悲しいほど凡庸なわたしにも暴力的なほどの力で『天才』の存在を見せつける一人・ヴィスコンティが表す世界観はこれなんだなと改めて体中に沁みた。


すべての描き方が緻密で、もう無抵抗でしかいられない。