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炎628のTSのレビュー・感想・評価

炎628(1985年製作の映画)
4.7
【むごすぎる現実】97点
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監督:エレム・クリモフ
製作国:ソ連/ロシア
ジャンル:戦争
収録時間:143分
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まず断言出来ることは、死ぬまでにこの映画に出会えて良かった。ということ。『シンドラーのリスト』や『プライベートライアン』などの戦争映画はある程度の知名度があり、かつレンタルショップでお目にかかれますが、今作はレンタルショップにもあまりないですし、知名度も微妙。戦争映画マニアの中では「伝説の戦争映画」と謳われる程の有名な作品らしいですが、一般的には全然といったところです。僕も半年前から目をつけていた作品なのですが、発掘良品などでもなかなか復活しないため、痺れを切らしてBlu-rayを買ってしまいました。結果、買って良かったと思えるものになりました。
これは一人でも多くの人に見てほしい。今作の宣伝文が言及する通り、戦争はむごいものだ、いけないものだ という普遍的とも言える発言を全て空虚なものにします。我々のほとんどは戦争を経験したことがないため、どれだけ知っても結局は他人事。当事者と他人とではどれだけ頑張っても縮めれない隔たりがあるのだということを理解させられました。しかし、言えることは、今作を見ることによって戦争なんて絶対に起こさない、という強い信念を抱くことが出来ると思います。

ドイツ軍に占領された白ロシア。戦争ごっこにハマるフリョーラは地面からライフルを発見する。それを持ち帰ろうとしていたが、上空には国歌を流しながら飛行するドイツの航空機があったのだが。。

白ロシアなんて世界史をやらないとあまり聞かない単語ですが、今のベラルーシ共和国です。1922年にソ連が誕生しますが、その中に連邦として白ロシア、ザカフカース、ウクライナも含まれていました。その白ロシアを第二次世界大戦時、ドイツ軍が占領してしまい、いわゆる共産主義者などを銃殺するアインザッツグルッペンが白ロシアを蹂躙していたのです。白ロシアをソ連の一部と考えた場合、こういう蛮行も含めてソ連の犠牲者が圧倒的に多かったということが窺えます。
そもそも第二次世界大戦の戦死者は両陣営合わせて6000万人を超えているという結果が出ており、驚くことにその内の2000万人がソ連の戦死者なのです。これには理由があり、アメリカの参戦が遅れたこと、そしてイギリスが同じ連合国であるソ連の様子を窺っていたことが挙げられます。特に後者はヤルタ会談において、ソ連がイギリスに不信感を抱く一つとなります。何故様子を窺っていたかというと、ドイツとソ連が共倒れになれば良いと思っていたからです。ドイツはファシズム、ソ連は社会主義なので、共倒れになればイギリスにとってこれ程良いことはありません。ソ連からの援軍要請にろくに応じず、結果的にこういう数値が出てしまったのです。しかし、今作が示しているように、アインザッツグルッペンという集団が一般人を殺しまくっていたのも数値を伸ばしている原因になっているでしょう。敗者側の枢軸国の戦死者が1000万人ほどであり、勝者側の連合国の戦死者が5000万人近くというのはこういう無差別虐殺が関係しているのでしょう。

と、前置きが長くなってしまいましたが、今作はそういう状況において描かれた作品ということは知っておいた方が良さそうです。
第一に、今作の凄いところは直接的なグロ描写を極限にまで少なくして、圧倒的なほどの戦争の悲惨さを表したところです。特に、少年フリョーラの顔にそれを全て注ぎ込んでいるように思えます。少年とは思えない程の額の皺。若き者がこれほど皺をよせてしまうというのは、何か途轍もない理由がなければ無理です。序盤こそ笑顔を出していたフリョーラですが、とある悲惨な出来事を境にその笑顔は皆無になります。終盤に至っては、その人間のやることと思えない蛮行を目の前に、ただただ皺をよせて唖然となるしかないのです。彼をアップにするシーンも多く、言葉より表情で語るといった映画といえます。

そして何よりも今作の凄いところは終盤のアインザッツグルッペンによる蛮行です。フィクションと願いたいところなのですが、どうやら実際にこういうことは行われていた模様。人間のやることと思えない蛮行。まともな人権感覚があれば到底することは出来ないでしょう。何故ここまで非道になれるのかと思ってしまいますが、それはラストのドイツ人の発言で明らかになります。これは、この時代のこの人たちの思想を全く知らない人が聞くと唖然とさせられるでしょう。彼らにとって共産主義者はゴミ同然なのです。そう頭に刷り込まれている、言い換えれば洗脳に他ならないのでこれを変容させるのは容易ではありません。
例えを出すと、言い方は粗くなりますが、我々がゴキブリに抱く感情と似ています。無論ゴキブリを研究の対象にしている人も少なからずいると思うので恐縮ですが、ゴキブリ=嫌なもの、不潔なものという式が出来上がります。しかし、その根本的な理由は不鮮明。カブトムシは商品化されるのに、何故ゴキブリは害虫扱いされるのか。具体的な理由を述べるのは難しいですが、一言でいってしまうと「子どもの時からそう教えられているから」に尽きると思います。ヒトラーがあれ程大々的な演説において共産主義者はゴミだと訴えれば、皆なんとなくそう思ってしまうのです。そしてこの戦争の原因が全て彼らにあると自分なりに解釈してしまえば、比例して憎しみも増えていきます。人間は厄介な生き物です。

と、そんな発言をこのドイツ人がした後、少年フリョーラがヒトラーのポスターに発砲する場面が映されるのですがこれがまた憎たらしいほどに巧い。今作のトリを飾るのにふさわしいそのシーンは是非ご自分で見ていただきたいのですが、これは考えさせられましたね。結局のところ、殲滅は何の解決にもならない。憎しみが憎しみを生み出すだけです。実に濃厚な140分でありました。本記事ではその具体的な蛮行の記述は避けましたが、タイトルがかなりのネタバレになっていることが、見終わった後にわかってしまいます。

クエンティン・タランティーノが戦争映画のベストとして挙げている今作。僕も戦争映画としては『サウルの息子』、『西部戦線異状なし』に次ぐ出来であると感じました。我々の使命は戦争を未来永劫起こさないこと。その使命を守るということに、今作は大いに貢献していると思います。むごたらしい現実。耐性のある方のみどうぞ。と言いたいところですが、なるべく多くの人に見ていただきたい衝撃作です。
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