群衆の作品情報・感想・評価・動画配信 - 4ページ目

「群衆」に投稿された感想・評価

ホント、キャプラの映画は夢の中にいるみたいに美しい。特にラストシーンのほろ苦さといったら…。
大衆はメディアがあからさまに生み出したものよりも、自分達大衆の中から違和感なく自然に生まれたものに価値を置く傾向が有るかもしれません(時にザ・芸能人的な人よりもYoutuberに注目が集まっていると感じるのもそれが理由でしょうか)。

しかしそれらも結局メディアの力を利用して世の中に出て、且つ更に存在を大きくしていきますし、結局大衆は見方・考え方等もメディアに支配されているんだなと実感した作品でもあります(前述のYoutuberも一部はバックに大手事務所が携わっているとも聞きますし)。

しかしフランク・キャプラ監督は、全ての大衆がメディアに惑わされたわけではないという事をラストシーンで表現しており、絵空事に近いかもしれませんが観ていて痛快です。

「大衆は侮れんぞ」
しゅり

しゅりの感想・評価

4.9
すごい映画。
或る夜の出来事を観て他のキャプラ作品も観たくなりなんとなくこの作品を選んだけど、これこそ観るべきキャプラ作品...って、まだ2本しか観てないのに何言ってんだって話だが。

報道に振り回される群衆、政治に殺される善良な市民、痛烈な社会批判をかなり強く含んだ風刺作品だけど、押し付けがましさを感じない。

メッセージ性が強い作品ってあまり好きじゃないんだけど、これは、どの時代のどんな人にも見てほしいと思った。
というか、こんだけメッセージ性が強くてこんなに見やすいの本当にすごい。天才。

ジョンの食堂での熱弁は素晴らしい。こういうのって長くて見てて疲れるとかよくあるけど、スッと入ってきた。役者の力量だなあ。

アンのキャラも好き!美しくて賢くて、真っ直ぐな瞳に、熱い信念を持った行動的な女性。

ラストシーンは不満ある人多いっぽいしそれもわかるけど、私はこっちで良かったと思った。

嘘から出たまこと。そういうのあるよね。
フランク・キャプラは凄い。

本作を観て改めてそう思い知らされた。本作は現代でもそのまま通じる内容である。

キャプラの演出のキレも『或る夜の出来事』や『オペラハット』の頃と比べると格段にレベルアップしているように思う。

あらすじはこう。

新聞社のオーナーが代わり、大量の従業員が解雇されることになった(このリストラの描写が小気味良い)。

解雇宣告された記者(演:バーバラ・スタンウィック)は腹いせに「ジョン・ドー」と名乗る人物からクリスマスイブに市庁舎から投身自殺する旨の投書が来たという偽記事を飛ばす。

嘘の記事にも関わらず大きな反響があったため、新聞社はスタンウィックの解雇を取り消し、彼女は続きの記事を書き続けることになった。

しかし肝心のジョン・ドーがいなければ書きようがない。

そこで新聞社に自分がジョン・ドーだと名乗り出た男たちの中から誰かを「ジョン・ドー」に仕立てようと考える。

厳正な審査(真面目で口の固い《典型的》なアメリカ人という条件)の結果、元野球選手の真面目そうな浮浪者(演:ゲイリー・クーパー)が選ばれたのであるが……。


クーパーの浮浪者仲間を演じるウォルター・ブレナンは、『西部の男』『ヨーク軍曹』『打撃王』と立て続けに共演していて、クーパーとの息もぴったりでまさに女房役といった感じ。

クーパーが吹くハーモニカに対してオカリナでセッションするシーンや、お目付け役と一緒にエア野球するシーンが何とも堪らない。

そしてスタンウィック。いいですねぇ、スタンウィックの姉御肌なキャラクターがピタッとハマっている。

あとエドワード・アーノルドとジェームズ・グリースン。この二人が最後全部かっさらってしまう。

フランク・キャプラの演出に関しては、何といっても屋外シーンの描写が凄い。

雨が降る中での全国集会シーンでは、クーパーが権力を前に無惨にも挫折する場面であり、打ちつける雨が彼の悲しみを更に盛り上げている。

そして忘れちゃいけない。雪がしんしんと降る市庁舎でのラストシーン。

『素晴らしき哉、人生!』を観た後で本作を観ると、「なるほど!ここに通じているのか!!」と思わず膝を叩いてしまう。それにしても何てこんなに美しく雪を撮る監督なのだろうか。

こりゃ本物だぜ。

■映画 DATA==========================
監督:フランク・キャプラ
脚本:ロバート・リスキン
製作:フランク・キャプラ
音楽:ディミトリ・ティオムキン
撮影:ジョージ・バーンズ
公開:1941年5月3日(米)/1951年6月15日(日)
ねぎお

ねぎおの感想・評価

4.0
フランク・キャプラ監督⑥
脚本はロバート・リスキン(キャプラだと「オペラハット」「或る夜の出来事」など)

失業問題が社会に影を落とす中、ふいに巻き込まれる男ウィラビー:ジョンドー(ゲイリー・クーパー)。あれよあれよと一大ムーブメントとなるが、裏ではスポンサーが大統領を目指し、その政治活動に利用しようとしていました。さあどうなるジョンドー!

・・ジョンドー(John Doe)って、前に女性の死体の話「ジェーン・ドウ」ってありましたよね、あれの男性版です。要は身元不明の死体のことで、割と一般的な名前をつけたんですね。ただ死体のことだけじゃなく、名無しの権兵衛的なものです。

このゲイリー・クーパー演じる男は元マイナーリーグの投手で、ひじを痛めて手術も出来ず浮浪生活をしている設定。彼が金欲しさに飛びついたのが、実態のない社会に不満を持つ男を演じる仕事。
その架空の人物を作り出したのは失職寸前の女性記者アン(バーバラ・スタンウィック)なんですね。そして二人はバディとなり全国を講演で行脚することになるんです。
ここでメッセージになっているのが、アンの亡き父の言葉や考え方がベースになっていて、これが古き良きアメリカなわけです。まさに全米が熱狂しますが政治家は自分の利益に誘導しようとすると。

つまりそういう意味ではこの前作「スミス都へ行く」と近い政治批判ものになっています。

映画のデキとしては「スミス・・」の方が完成度が高いと思います。
今作は主人公二人に観客が共感する部分が前半にちょっと少ないというか薄い!のめりこむのは後半までおあずけになってしまう点が「スミス・・」にはかなわないかなと思います。

それにしてもゲイリー・クーパー、本を読む前にバーバラ・スタンウィックとの共演というだけで出演OKしたらしいですね。このバーバラさんよく知りませんが、とにかく出演本数が多い!超人気女優だったんですね!
Tai

Taiの感想・評価

3.9
「口の固い典型的なアメリカ人がいい」
「そんなアメリカ人がいるか…」

おとぎ話を見ているかのような気分になるフランク・キャプラ監督作品。
痛烈な社会風刺から、抜群のセンスで人の良心への問いかけをしています。
人の根底にあるものは海を越え、時代を超えても通ずるのではないかと思わせてくれる作品です。

物語の舞台はとある新聞社。
会社の新方針でリストラが行われます。
ヒロインのアンもその1人。
生活の為になんとか取り下げてもらえないか交渉するも「最後の記事だけは仕上げておくように」と切り捨てられます。
怒り心頭のアンはでっち上げの記事を殴り書きます。
社会の不平不満に絶望した男がクリスマス・イヴに自殺をするという投稿があったと!
新聞の片隅に載せられたその記事が話題に。
「この男は誰なんだ?」「コイツの自殺を止めさせろ!」とみるみる記事の話題が広がります。
この話をさらに盛り上げ、新聞の売り上げを増大させるべく、アンと新聞社が今度はこの架空の男をでっち上げます!

このお話、現代のSNSに通ずるものがあると思うんですよね。
どこの誰だかわからない他人の言葉で盛大に盛り上がったり、怒りの群衆となったり、どちらで盛り上がったとしても情報はどんどん拡散されていく。
昨日まで誰も知らなかったような人が、超がつく程の有名人になる。
群衆が大きくなればなるほどその真偽なんてそっちのけになり、拡散されていく情報こそが重要となってしまいます。
80年近くも前の作品であるのに、こうした人々の習性というのは変わらないのだなと痛感させられますね。
この情報に踊らされるというのは日本は第二次世界大戦時に嫌という程体験したはずなのに、未だその辺りは変化の無いように思います。
正に人類進化のためによく考えなければならない点であると言えるのではないでしょうか。

しかし、この作品ではその群衆の習性を指摘しながらも、だからこその良い面というものも表現していたように思います。
どうせ踊らされるなら皆んなが幸せになれる情報で踊らされたいものですね!

原題が「MEET JOHN DOE」なんですけども、この〝ジョーン・ドゥ〟というのに当たる日本語が〝名無しの権兵衛〟なのだそうです。
どこの誰かもわからない遺体なんかの呼び方などに付けられるという点では間違ってはないのですが、本作を観ていると〝どこにでもいる誰か〟という意味合いが強いですね。
実際、作中ではジョーン・ドゥを名前として使用しているわけですし。
このどこにでもいる誰かが社会現象を引き起こし、あらゆる誰か達を動かしたというのが非常に面白かったです◎

そして、やはりキャプラ監督作品。
世間を揶揄しながらも、唾を吐きかけて終わる訳でなく、しっかりと個人個人に問いかけている作風は流石でした(^ν^)b
犬

犬の感想・評価

3.6
秩序

解雇されそうになった女性記者アンは、ジョン・ドーという人物が社会抗議のために自殺しようとしているという内容の記事をでっちあげる
大反響を呼んだその記事を利用し発行部数を伸ばすため、オーディションで選ばれた元野球選手の男がドーを演じることに
一躍時の人となった彼は、民衆の偶像として祭り上げられるが……

フランク・キャプラ監督、ロバート・リスキン脚本の名コンビが贈る社会風刺ドラマ

最後の決断やいかに⁉︎

情報操作

社会への影響
スゴいことになります

テーマはさすが

ロマンスもあり

ケイリー・クーパーが良かったです
大衆心理の単純さ・怖さが描かれた作品。主演のゲイリー・クーパーがほんとに男前で爽やかで、ぴったりな役どころでした。クライマックスの集会のシーンとかどうやって撮ったんだろう。特撮技術なんかないだろうから、ほんとに人集めてたんだろうな。
H

Hの感想・評価

3.5
表のテーマは「群衆」だが、裏のテーマは「自由」。ジョンの友達が物語の前半部で「金を持っているとみんな悪魔になる。持っていなければ親切さ。所有しなければ自由だ。」というようなことを言っている。ジョンも何も持たなかったからこそ、自由な精神を持っていた。人々の下心が生まれるところに自由は生まれ難い。ジョンは金を求め始めたことで、自由を失ってしまったのである。群衆や群衆を操る者たちを見て、ひとり呆れていたのがジョンの友達だったことも、興味深い。

新聞社の社長が言うように、アメリカには表現の自由があり、その自由が政治利用されるのは納得のいかないものだ。だからこそ、ヒロインだって政府批判の投書を書ける(その投書は物語を駆動させる)。だが、何でも自由に言えることや、何を信じても自由なことだけが真の自由なのだろうか。自由な精神というのは、物事に踊らされない真っ直ぐな眼差しなのではないか。そう、この作品は問うている気がする。この物語はジョンが無意識に持っていた自由な精神を一旦失い、意識的に取り戻す物語でもあると思う。自身と他者をまっさらな目で見られた時、人生は本当に意義深いものになる。だから、最後ジョンは死ななくて良かった。ジョンの不思議な眼差しは、人間を見通せそうな眼差し、自由な精神に向かう目であると私は思う。

人々の欲望の受け皿という点で、ジョンと現代のポップスターは共通する。人々はスターのペルソナを崇拝し、スターはペルソナと同一化する喜びと葛藤を味わう。スターとして生きる人はみんな偉い。私たちは彼らに欲望を投影する自分の姿を顧みなければならない。そうすることで、「群衆」のレッテルを破ることができ、自身が紛れもない「個」だということを証明できるのだから。
yokioubt

yokioubtの感想・評価

5.0
フランク・キャプラの隠れた名作