塚本

秘密と嘘の塚本のレビュー・感想・評価

秘密と嘘(1996年製作の映画)
3.8
1996年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞したヒューマンドラマの傑作です。

舞台はロンドン。
若い黒人女性ホーテンスは、養母の死をキッカケに産みの親を探す決意をする。

一方、シングルマザーのシンシアは段ボール工場で働きながら、私生児である娘 ロクサンヌと慎ましく、二人、下町でアパート暮らしをしている。
ロクサンヌは父親の顔も見たことがなく、反抗期であることも重なり、母子の口論は絶えない。それに次いでシンシアの弟のモーリスが妻のモニカと新居に移ったことで取り残された思いに苛まれ、少し情緒不安定気味であった。
しかし、外目には人生の勝ち組であるモーリスにも浪費家の妻との間に、言いようのない溝が存在していた。

そんなある日、シンシアの元に一本の電話がかかってくる。それは若い女性で、自分はシンシアの子だと言う。
実はシンシアは16歳の時に出産し、顔も見ずに養子に出したもう一人の子供がいたのだ。
シンシア の心は大いに揺れるが、彼女にあうことを決意する。
待ち合わせの場所に立って居た女性こそ
黒人のホーテンスだった。
とりあえず近場のカフェで並んでコーヒーを飲む二人。
最初は拒絶を示すシンシアだったが、インデリで聡明な物腰のホーテンスを次第に受け入れ、愛情に飢えていたシンシアはこのあと、ホーテンスとの時間がとてもかけがえの無いものになっていく。

その一方で弟のモーリスはシンシアとロクサンヌの確執を和らげるために ロクサンヌの誕生会を祝うべく、自宅に招待する。
シンシアはホーテンスに一つの提案をする。「私の仕事の同僚ということにしとけば大丈夫よ。」と、パーティに招くのだが……

監督のマイク・リーは脚本なしで映画を作り上げる、独特の作家です。脚本が無い代わりに、一人一人のキャラクターだけが存在する。役者はひとつのキャラクターを監督と共同作業で煮詰めていき、完全に役になり切るまで熟成させる。
リハーサルなんて言葉がぶっ飛ぶ程の気の遠くなりそうな準備期間を経て、本番に入ります。
なので、芝居は全て即興、つまりアドリブなのです。シンシアとホーテンスが初めて待ち合わせをするシーンに於いては、それまで一切二人は顔を合わせてないのです。
ここまで徹底すれば、これは最早、実験映画です。
ところが役が憑依した人物たちは、今、何をすべきかをちゃんと心得ているのです。つまり、役者たちは脚本家と同じ資質を要求され一緒にストーリーをつくっていくそうで、そこからほとばしる真実性は生半可なものじゃなく、観る者を圧倒します。カンヌで主演女優賞を獲得したシンシア役のブレンダ・ブレッシンをはじめ脇役に至るまで、ロンドンの演劇のメッカ、ロイヤルナショナルシアターで活躍する実力豊富な役者たちなのです。

クライマックスの、パーティに於ける嘘と秘密の暴露大会の修羅場の緊張感は実際、手に汗握ります。しかし、大仰なテンションで告白されていく真実は、それほど衝撃的なものではありません。どこにでもある、ちょっと不幸な話だったりします。人間の人生なんて映画やドラマと違ってそれ程波乱万丈ではありません。人がそれぞれに抱えている悩みや嘘なんて、所詮他人から見ればたいしたことがないものなのでしょう。
モーリスは言います。「秘密も嘘も皆傷を持っている。皆で分け合えばいいんだ。」最終的には雨降って地固まるの如く、彼らは一歩前に前進します。
しかし暴露したつもりでも、どうしても隠し続けなければならない秘密。相手をそして自分自身を守るための嘘は澱のように心の片隅に残る。
結局は世界のどんな家族と言えども、秘密と嘘はある。我々はそれにに折り合いをつけて生きていかなければならず、辛い人生だからこそ、少しある幸せを大切にしようと、マイク・リーは訴えかけている気がします。
塚本

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