Jeffrey

今夜、列車は走るのJeffreyのレビュー・感想・評価

今夜、列車は走る(2004年製作の映画)
3.8
「今夜、列車は走る」

冒頭、鉄道とともに栄えたアルゼンチンの小さな街。ある日突然、路線廃止の決定が下される。組合代表、家族や生活、自主退職、新たな職、運転手、警備員、強盗、仲間の死。今、我々の列車は運行する何処までも…本作は2004年に公開されるやいなや、話題を呼んだアルゼンチン映画で、これが長編デビューになった新鋭ニコラス・トゥオッツォ監督の名作をこの度、DVDを購入して初見したが素晴らしかった。主演は「トーク・トゥ・ハー」のダリオ・グランディネッティをはじめ、皆演技派俳優で良かった。トゥオッツォが1990年代に突然民営化の波に押された鉄道員らの厳しい現実を描いた社会派ドラマで、5人の失業した元鉄道員らのそれぞれが抱える問題を映す。

非常にタイムリーな時期に見たなと正直思う。今の日本の経済もGDPが全く成長せず、増税した結果、さらに隣国の災難なウィルスによって様々な人々が失業し、仕事を再開できない今の現状にこの映画は非常に役立つのかもしれない。本作はいわゆる89年に就任したミメネム大統領が親米的な立場から新自由主義を推し進め、規制緩和で外貨を呼び込むとともに、鉄道をはじめとして石油、郵便、ガス、水道など、インフラまで次々と民営化していった結果を映している。記憶に新しいのが小泉政権での聖域なき構造改革即ち小泉構造改革であろう。

賛否両論はあると思うが、デフレを放置したままではその効果は非常に限られてしまう中での民営化は私は進める事はできない…。結果としては民営化されてしまったので今さら何を言っても意味ないのだが。

この映画はセーフティーネットなき民営化で大量の失業者を排出した人々の変わりゆくルーティーンと貧富の格差がどんどん開いていた現場を小さな鉄道の街を舞台に8万人の鉄道員が失業すると言うあまりに厳しい現実をとことん見せつけた力強い作品である。余談だが、1998年に若干28歳でこの映画の脚本を書き始めた監督は、アルゼンチンの国の経済が破綻し、映画が完成したのがそれから6年後の2004年だったそうだ。

この作品はすごく普遍的で、どの時代でもどこの国でも起こりうる事件を取り扱っている。失業してしまい行き詰まった元鉄道員がスーパーで強盗をしてしまったり、そういった昨日とはまるで異なる性質に変えてしまう経済的な打撃を与えてしまう国家に対しての人としての尊厳をきちんと与えてほしいとの切実な願いが入っている様な感じがした。



さて、物語は鉄道を中心に発展したアルゼンチンの山間の小さな街で、ある日突然路線の廃止が決まる。労使交渉を続けた組合代表はその運命を嘆き拳銃自殺する。補償金をエサに自主退職を迫られた組合員たちは次々と書類にサインするが、カルロスやブラウリオら5人の仲間は断固戦う事を決めていた…と簡単に説明するとこんな感じで、今までの日常ががらりと変わってしまう男たちの姿を通して、ぎくしゃくしながらも家族で懸命に力合わせて乗り越えようとする姿が描かれている。

一昔前にイギリスの監督のケン・ローチの作品にもこういった鉄道員の物語をテーマにした作品を見たのだが、それもなかなか秀作の映画だったと記憶している。



本作は冒頭から魅了される。土砂降りの中、3人の若者が疾走する。1人は女性2人は男性。その中の1人の青年が自分の父親が自殺するまでの経緯を語る。カットはその父親の自殺の描写に変わる。彼は遺書のようなものを書き封筒にしまう。そして拳銃自殺を図る。そこで画面が暗くなりタイトルロゴが出現し、葬儀のシークエンスとカメラは変わる。

そうした中、鉄道員の1人がテレビコメンテーターに取材を受け、どうして鉄道員が自殺をしたのかと言う経緯を伝える。そして鉄道員たちが一斉に集まり、今後どうするかを話し合う。そして対立し、それぞれの意見を言い合う。そんな中、複数の鉄道員の家族の描写に移り変わり、それぞれの家庭環境、問題が丁寧に描写されていく。

ある男は、失業し酸素マスクをなしには生きていけない息子と嫁のために懸命に再就職を探す。ある男はお金持ちになると言う口癖を言いながら愛人らしき女性と懸命に試行錯誤する。ある男は絶対に署名なんてしない、断固拒否と貫き、俺は鉄道員だと言わんばかりに鉄道の仕事をしたくてしょうがないようだ。

ある男は家族を養うために懸命に今の現状を突破しようと試行錯誤する。そして父を自殺で亡くした息子のルーティーンを映し出す。会社から父の遺品が届き、その中にある息子宛の手紙を廃車の列車の上で1人読む姿、そこに友人の男女が現れ今後のことを話す。

続いて、元鉄道員の男性の家庭とカメラは移動し、様々な職を懸命に探している場面を会話として写す。夫の失業により、妻が働きに出ている。彼は病気持ちの息子に人形劇を見せる。そして抗生物質を飲ませなくてはいけなかったのに、夫がそれを忘れたと言うことで妻が呆れる。さらに息子の前でタバコを吸い始めイライラし始める妻、街では同じ本鉄道員の男性がチラシ配りをしている。


そして先程の病気持ちの子供の夫婦の場面に変わり、息子の熱を下げるために氷風呂につかる父親、夫婦と息子は病院へ夜行バスに乗り、レントゲンを撮る。カメラは病院へ。カメラは元鉄道員の男が運転手の仕事をしていて慣れない道に狼狽しながらも日々頑張って乗客を目的地へと届けている姿を映す。ここでは不意に犯罪が行われる(内容はネタバレになるため伏せる)。

続いて、先程の病気持ちの夫婦の亭主が、職業センターで色々と受付の女性と会話している。あまりに理不尽な事によりその場で激昂する。続いて、先程の事件に襲われた元鉄道員の男性の車がパンクした件についての描写に変わる。続いてテレビコメンテーターに今の現状を伝えていた男性の場面へと変わる。彼の家は立ち退き命令が貼られてしまい、さらに困難な状況になる。

そして病気持ちの子供の夫婦の場面へと変わり、奥さんが彼が隠し持っていた拳銃を見つけてしまう。彼はホームセンターの警備員の仕事をしているようだ。そしてそれぞれの元鉄道員たちの悲しく悲惨な物語が佳境に入りにつれてどんどんひどくなっていく…。


この映画のメッセージ性ったらすごい…何がって、真っ当に生きていた鉄道員が犯罪者になっていくと言う。それをさせたのは果たして誰なのかを問いている。約2時間近くあるこの映画のラストがなかなか衝撃で正直、びっくりした。エンディングクレジットで真夜中の列車の線路をライトアップしているクライマックスは非常に印象が残るし、突発に大団円を迎えるストーリーもくどくなくていい。

この映画の見所はやはり1994年に路線廃止となったサン・ルイスの無人駅や修理工場を余すところなく使っているところだろう。また、今でも動いてくれる機関車をレンタルして、街の人々をエキストラとして参加させ鉄道の街を再現している点も非常に資金がかかったと思うが、きちんと作っているところは凄いと思う。

そして監督の言葉通りに"せめてラストだけでも希望を垣間見れる映画を作りたい"と言う気持ちがこのクライマックスには訪れている。いつだって物事を先に進めるのは子供だ。

この物語でも3人の子供たちが最後に〇〇をする。それが大人の目に触れて大人たちは最後に立ち止まる。そして子供は最後に立ち上がり、生きていく中で何かが違うと思った時に必ず行動しなくてはいけないと言うメッセージ性が非常に伝わるラストであった。やはり国の破綻を味わった俳優たちもこの作品には文句なしに出演交渉を承諾したんじゃないかなぁと感じる。

この作品は2008年3月にはスペインでテレビ放映が実現するなどかなりの影響与えているようだ。そしてアルゼンチンはもとよりヨーロッパ各国、中東やアジアでも上映されヒットを飛ばしていた。こういった作品が配信とレンタルをされない現状が非常に辛い。セル版のDVDを発売してくれたラテンアメリカ映画シリーズを作ってくれているメーカーには感謝をする。



正直ラストのあの子供たちが行うシーンがなければスコアは3.5止まりだった。だが、あのシーンだけで+3 = 3.8のスコアをつけた。これは物語としても面白いし、非常に楽しめた。結構重いテーマでシリアスな中にユーモアな雰囲気も醸し出しているのも良かったし、お勧めする。
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