クロ

ふたりのベロニカのクロのレビュー・感想・評価

ふたりのベロニカ(1991年製作の映画)
4.8
本作はポーランドとフランスで同じ時に生まれた生き写しの二人の女性、ベロニカたちの物語である。彼女たちは出会うことのないまま、心の何処かでもうひとりの自分の存在を予感しながら暮らしている。

冒頭、ポーランドの夕刻、女性たちが街路で合唱の練習をしている。そこに通り雨が降り皆が散り散りになる。彼女はひとり金色の雫を一身に受けながら嬉々として歌い上げる。そして濡れそぼった体と昂ぶった感情をかかえて男の元へ向かう。褥の上ではお互いが安らぐための慰撫が交わされる。貪らず慈しむそんな愛の形だ。しかし彼女はポーランドを訪れていたもうひとりのベロニカを垣間見てしまいドッペルゲンガーの習わし通り帰らぬ人となる。

フランスのベロニカの物語もまた愛の交歓で始まる。彼女はもうひとりのベロニカへの喪失感を抱えながら暮らしている。ある日彼女は勤め先の学校を訪れた人形遣いの男アレクサンドルと出会う。彼の操る人形はかりそめの生を吹きこまれ、暗がりで死とのあわいを漂うように舞う。ベロニカは彼に惹かれてゆく。彼との出会いの後、彼女の元へ無言電話や差出人の無い郵便物が舞い込むようになる。真相を追ううちに彼女はもうひとりのベロニカの存在を知る。

ベロニカ(イレーヌ・ジャコブ)は無自覚にこの上ない美しさを放つ。最初の動機はどうあれ監督はきっと彼女の今の美しさをフィルムに焼き付けるためにこの作品を撮ったのだと思う。脚本については監督自身が「筋書きのはっきりしない曖昧なもので、誰もがきちんと理解できるものではない」と述べているが、彼女の喜び、陰り、ためらい、昂揚、悲しみ、痛みをいかに引き出そうかと腐心したかのように、容赦なく彼女を追い詰める。ちょっと意地悪だと物申したくなるほどに。過酷な運命に対しても彼女は子供のような純粋さで向き合う。彼女からは疑心とか我執とか私欲のようなものが殆ど感じられないのだ。たぶん傷ついた人に出会えば誰であれ惜しみなく愛を注ぐのだろう。でも世の中には本当に心が挫けてしまっていてその心を大きな黒く厚い布で覆い、影から無垢なものを所有したり挫こうとする類の人も居る。この物語はそんな男との出会いが彼女の心に消すことのできない傷を残したところで終わる。それでも私は一度は地に引き落とされた彼女の魂が再び愛に生きることを信じて疑わない。

ベロニカの柔らかく暖かな心象を投影するように終始、橙色を基調としつつ彼女の感情の熱に呼応しながら時に緑や赤のフィルタで風景が染められておりとても綺麗だった。
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