shibamike

怪猫トルコ風呂のshibamikeのネタバレレビュー・内容・結末

怪猫トルコ風呂(1975年製作の映画)
2.5

このレビューはネタバレを含みます

黒猫のタンゴ♪タンゴ♪タンゴ♪
僕の恋人は黒い猫♪
黒猫のタンゴ♪タンゴ♪タンゴ♪
猫の目のように気まぐれよ♪
ララララララ ララ♪

室田日出男の鬼畜っぷりが凄い。あと、ついでに絶倫っぷりも凄い(毎日あんなにできるもんかね?)。

「怪猫」。自分は「かいねこ」とばかり思い込んでいたが、「かいびょう」が正解らしい。

登場する心優しい女性が軒並み室田日出男の毒牙にかかってしまい、普通に胸糞。レイプシーンが多いので観ていてキツかった。黒猫が突然、助っ人で活躍したりもするが、本当にたまにしか活躍せず、がっかり感が大きい。妊婦の腹を棒で痛めつけたり、暴力描写も容赦ない。一応、悪者に天罰は下るが、善良な人達があまりにも傷つき過ぎており、カタルシスはなかった。

最近のニュースで「F1からレースクイーンが消える。」というニュースがあった。女性差別を考慮して、という判断らしいが、女性の仕事の機会を奪っているという意見もあるらしい。本作では赤線地帯で働く女性達が赤線廃止に伴い、トルコ風呂へと商売替えするのだが、冒頭に殿山泰司演じる社長が言う。「メンスの切れた女達の抗議が、お前達の仕事奪っちまった。」非常に危険な発言であるが、ちょっと笑ってしまった。

タイトルのインパクトに負けず劣らずの内容でかなり無茶苦茶で、ようやく終わったと思ったら、最後の最後に仏様が空に成仏していくという、腹立つけど笑ってしまう感じ。



上映後、本作の脚本を担当した掛札昌裕さんのトークショーがあった。女性の裸が映るトルコ風呂映画が当時人気だったらしく、興味があった化け猫と組み合わせることに。化け猫映画は日本映画の系譜にしっかり地位があるらしい。猫は風呂など湿気があるところを好むのか、など真剣に考え製作されたとのこと。

トルコ風呂の離れに家があり、うら若い乙女がピアノをポロンポロン演奏しているというのは、掛札氏も無茶があると思っていたっぽい。

黒猫なのに化け物は白髪で、不自然だが、理由は不明とのこと。現場の人達の考えらしい。

山城新伍が登場するスケベユーモアシーンは映画のストーリーとは1ミリも関係ないが、当時の東映では「必ずユーモアのシーンを入れる」という鉄の掟があったらしく、そのためらしい。映画にテンポが出るらしい。

他の有名な脚本家で笠原和夫(仁義なき戦いの脚本家)という方の話もあり、この笠原という人はビートたけしの「あの夏、いちばん静かな海。」を観て、「何でこんなつまらない脚本の映画が人気なんだ」と思い、シナリオ骨法十ヵ条なる脚本の基礎を本にして出版した。当日、その十ヵ条を記したプリントが配布され見てみたが、案外普通のことしか書いてなかった。
後にこの笠原氏はとあるパーティーである映画プロデューサーと会話しているときに何の映画の話しかは聞き漏らしたが、ふと「あんな難しい映画じゃ、山谷の労働者には理解できませんよ。」と言ったところ、映画プロデューサーが「そんな客は劇場に来なくていい。」といい放ったことに衝撃を受ける。「自分の時代は終わった。」笠原氏は明確にそう感じたそうだ。競馬や博打の待ち時間を潰すような役割だった大衆娯楽の映画はいつの間にか、人を選ぶ娯楽へと変容していた。ビートたけしの映画はアートっぽいところがあるので、大衆娯楽思考の笠原氏が好みじゃなかったとしたら不思議ではない。でも、笠原氏の仁義なき戦いは確かに大衆娯楽かも知れないが、大衆娯楽を突き抜けてアート性も匂わせてる気もする。
いつも思うが結局、脚本って何なの?

本作に対して自分は「つまんね。」と酷めの感想を持った。上映終了後の掛札昌裕さんのトークの中で自分が引っ掛かったのが、「本作をシネマヴェーラの方が自費(およそ20-30万円)でニュープリントした。」みたいな話があり、詳しく意味は分からないのだが、どうも古いフィルムを綺麗な状態のものに作り直したみたいなことらしい。このあんまり面白くない作品に何故そんな情熱を注ぐのか、理解に苦しむ。が、シネマヴェーラの人には、自分には見えていないこの映画の凄さ・面白さが見えているのかもしれない。でなければ、自費を出してまでするわけがない。本作のような映画を面白いと思えるような鑑賞眼を手に入れたい。
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