むっしゅたいやき

エレニの旅のむっしゅたいやきのレビュー・感想・評価

エレニの旅(2004年製作の映画)
4.5
テオ・アンゲロプロス監督作。
第二次大戦、ギリシャ内戦と云う激動の時代を生きた、一人の女性の半生を綴った物語。
未完の「20世紀三部作」の第一作となる作品ではあるが、社会の荒波の中で、個人では如何にしようも無い運命を丁寧に描いた作品。

物語はロシア革命時、黒海沿岸の都市オデッサを追われた人々がギリシャへ戻り、自らの移住地へ疲れた足取りで移動する姿から始まる。
曇天と大河の川面がその鈍色の境界を溶け合わせる中で、影の様な人の群れが向かって来る非常にシンボリックなショットであり、この孤独感、寂寥感、そして疎外感が本作全体に通底してゆく事となる。

「アンゲロプロスと言えば」と問われれば大方の人がそう答える様に、本作もギリシャの政情に翻弄される人々を特徴ある長回しで写した作品群に分類される。

彼の長回しは『こうのとり…』に於ける川向うから湧き出る人々や電柱上の黄色い雨合羽、『霧の中の風景』での霧中の一本の木等、シュールレアリスムを思わせる叙情的且つ象徴的で絵画的な止め絵が特徴となるが、本作に於いてもそれは健在で、随所に挿し込まれる事によって、より人物達の心情の機微や事象の推移を鑑賞者に想像させる事に成功している。

本作は一人の女性の半生を通じ、ギリシャ社会に於ける貧困と格差、個集団の独自的近親婚、夜警国家化、不安定な政権と外国との関係性等、諸問題が個人に落とす暗い影を拾い上げた作品ではあるが、それ等を直接傍目から批判的に取り上げるのでは無く、飽くまで主人公エレニの悲劇的半生に焦点を当て、それを追う事に終始している。
このスタンスによって我々は、より彼女に感情の移入を来たし、彼女同様無力感に苛まされ、真摯に諸問題を「自分に起きた事として」考慮して行く。
そしてこの体験は「彼女の悲劇をも自己の悲劇として受け止めて行く」と云う事をも意味し、鑑賞者の心的負担、重みとトレードオフされる事ともなる。

アンゲロプロス作品に通底するこの「重み」を「映像体験」と捉えるか否かは鑑賞者次第ではあるが、長尺である事と併せ、鑑賞前にある程度の心構えが必要となる作品である。
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