ひゅうどんこ

灼熱の魂のひゅうどんこのレビュー・感想・評価

灼熱の魂(2010年製作の映画)
4.3
仏🇫🇷語・加🇨🇦国原題 :『Incendies』
火災や火事を意味する男性名詞。
焼き尽くす、焦土と化すといった意味合いも。
『母の残像』の原題とも重なる。
原作となった同名戯曲の日本上演では『焼け焦げるたましい』というタイトルがつけられた。
また、2017年には麻実れい主演にて『炎 アンサンディ』として上演{※①}。


 解を求め続ける映画。

「人生は解かれるべき問題ではなく、経験されるべき現実である」
「死に至る病とは絶望のことである」
   セーレン・キェルケゴール


 「今まで学んできた数学は明解で決定的な答えを求めるものだった。これからは変わる。
答えのない問題へと続く解決不能な問題に直面するようになる。
想像を絶するほど複雑で難解な問題を前に自分を守るすべはなくなる。
純粋数学、孤独の王国へようこそ」
、、とは序盤に登場する数学教授のセリフ。

意味深で象徴的で、観ているものをこっちさ来いといざなう仕掛けが他にも施される。
冒頭、
椰子の木→少年→立ったまま寝ているおっさんからの導入もそうで、無意識に引きずり込まれて完賞するが、その必然を理解するのは2回目鑑賞以後になる。


 世界文学史を学んだ方なら、すぐピンとくるであろう、ギリシャ悲劇の最高傑作とも称えられる、ソフォクレスが書いた『オイディプス王』{※②}が原作戯曲の下地となっている。
ストーリーをなぞり、最後の衝撃を受けるだけなら、これだけで充分満腹。

そこからワジディ・ムアワッドの原作を経て本作へと昇華。
オイディプス王の悲劇は、2400年の時を経たとて褪せぬ普遍のテーマを突きつけ、現代劇→映画と進化を遂げて、更に我々の胸をかきむしり、心を拉き、記憶に痕を深く刻み込む。

 原作も本作もボカしてはいるが、メインステージは、明らかに1975年〜1990年まで続いた内戦下のレバノン{※③}。
ショートフィルム『おもちゃの国』{※④}を彷彿とさせるようなバス🚌が出てくる或る場面、憎しみの連鎖へと自ら足を踏み入れる主人公とレバノンの現実を重ね合わせて、哀しみと無力感でいっぱいになった。

 古代ギリシャでは4つの愛が説かれた{※⑤}という。
『オイディプス王』ではそのうち3つが描かれ本作でも倣っているが、さらに本作の最も大切なテーマとして、4つ目の愛であるアガペーも痛烈に描かれる。
アガペーとは、無償の愛をあらわすそうだが、そこには見返りを求めないと同時に、赦しや許しも含まれると思う。

もし私が主人公だったらどうするか、恐らく我が子達に同じことを託したりはしないだろう。
けれど仮に、主人公が通ったのと同じ道を、私が耐え得る精神の持ち主だったとしたらどうか?
きっと同じことをすると思う。
その一択以外考えられない。

自らが許しを行うのはとても難しい。
しかしながら、その許しを子らが我がものとしてくれたのなら、究極の愛と呼べそうな気がする。

 今後、兄や父の目線でしっかりと書き上げられた映画が登場するならば、劇場で観てみたい。
そしてFilmarksでのスコアは満点をつけるだろう。

 ◎オイラーの等式(eiπ+1=0)やコラッツ予想(3n+1問題)が劇中に登場する必要があったのか?
 ◎ヨルダンのキャスティングディレクター、ララ・アタラさんとパリのキャスティングディレクター、コンスタンス・ドモントフォイさん……
 ◎何故ケベック州からスタートなのか?
 ◎原作以上に公証人が重要な役割を与えられたのは何故か?etc. 
…自分なりの解を導き出したが、割愛。
今後鑑賞される方の見解を愉しみにしよう🤭

なお、結末を知ったところで、作品の深みは変わらず繰り返し耐性があると認識したので、初鑑賞後のスタート点として現時点ではスコア4.2、今後鑑賞毎更新する。


末筆ながら、
ぁかっかさん、Makiさん、ころぴさん、バニラさん、天さん、そしてさりさりさん、
皆さんのレビューに心打たれ、当レビューでの教科書として大いに参考にさせて頂きました。
深く感謝致します🙇



─────脚注・備考・その他─────

{※①}
麻実れい は、蜷川幸雄演出『オイディプス王』の2004年版でも、本作のナワルに相当するイオカステ役を務めている。

『炎 アンサンディ』 | 主催 | 世田谷パブリックシアター
https://setagaya-pt.jp/performances/201703incendies.html

「蜷川版ギリシャ悲劇の魅力」
(猫町倶楽部様より)
https://nekomachi-club.com/blogs/cbf956723315


{※②}
『オイディプス王 ソフォクレスが創りし大傑作!ギリシア三大悲劇の一つ』
───【俺世界史ch】様、文学史解説 より
https://youtu.be/V7h7OW66gZU (8:11)


{※③}
『レバノンの近現代史 カルロス・ゴーンはなぜ優遇されたのか?』
───【俺世界史ch】様、しくじり近現代史!我々みたいになるな!! より
https://youtu.be/Bv4Hhkm1sxI (33:52)


{※④}
天@tenhouさん『おもちゃの国』のレビュー
https://filmarks.com/movies/14459/reviews/91475992
14分足らずの尺で愛の深さが伝わる必見作


{※⑤}
エロス/eros 情慾を伴う愛
フィリア/philia 友人や隣人への友愛
ストルゲー/storge 肉親間の家族愛
アガペー/agape 無償の愛


{おまけ}
 本作は、第83回アカデミー賞(2011年2月27日)の外国語映画賞・本戦に残ったが、『未来を生きる君たちへ』に破れた。
奇しくも『未来を生きる君たちへ』も難民に絡むお話。クリップした。