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人生はビギナーズの海のレビュー・感想・評価

人生はビギナーズ(2010年製作の映画)
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どうして伝えたいんだろう?わたしを通過していったあらゆるものたち、それゆえここにあるわたしは、あなたと何を見に行けるのだろう?どこまで行けて、どこへ帰るのだろう?目を合わせて、応答を待ってるとき。目をそらして、ゆっくり考えてくれることを望んでるとき。相手に、こんなふうにしてほしいって気持ちと、わたしの想像の及ばないようなことをしてほしいって気持ちが、じぶんの中にはいつも、たぶん半分ずつある。たとえば言葉がほしいとき、言葉の返らないことを望んでる。世界で一番、実の父親が嫌いだから、わたしが好きになる男の人はいつも歳上だ。本気で好きになったのは一人だけ、わたしは彼の恋人になりたかったけど、それよりもずっと、こんなひとが父親だったらといつもいつも考えていた気がする。猫がうちにきてから、二日以上家を空けたことがなかった。寂しがって鳴いていたりつまらなさそうに眠ってばかりいる姿を想像したら閉まる店や帰る人や迫り来る夜が不安で泣いてしまう。手に入れたくてたまらないのに、手に入れることから逃げたずるいわたし。信じているひとの隣よりも知らない人たちの生み出す喧騒や街の灯りのなかのほうがずっと眠れてしまうむなしさに、それでも安心していたわたし。愛しているひとを当たり前のやり方で愛してあげられないことに絶望していたわたし。わからないこと、わかっちゃいけないこと、ふれてあげられない場所をただ見ているだけの痛みに殺されそうになっているわたし。わたしがわたしを、縛りつけている色んな方法。他者と埋められない距離を作りたがる手のひら、言葉、視線。切り落として、何もかも忘れさせて、潰してやりたい、ってたまには思う。どうにもならない、わたしだけのこれらが、こんなに見透かされるのは、映画を観ているときだけかもしれない。魂の幼さを置いてけぼりにして、手も脚も背も、もう限界まで成長した。言葉ばかり知ってて、声の出しかたも知らないんだ。どうしてなんだろうね。どうして伝えたいんだろう?わたしを通過していったあらゆるものたち、どうしようもないほどここにあるわたし。あのころ過ごした夜に、見るはずだった朝に、いつの日かまたわたしは、出会うことがあるのだろうか。
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