シズヲ

イリュージョニストのシズヲのネタバレレビュー・内容・結末

イリュージョニスト(2010年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

フランスの喜劇作家ジャック・タチが生前に遺した脚本を『ベルヴィル・ランデブー』のシルヴァン・ショメがアニメ映画化した作品。主人公タチシェフの出で立ちを始め、淡々とした語り口や寡黙で最低限の台詞回し、計算されたシュールなユーモア&アクションなど、絶妙にタチの作風をオマージュしてて味わいに満ちている。終盤にはまさかのカメオ出演も果たすので凄まじい。

『ぼくの伯父さんの休暇』は究極的に言えば“コントのための映画”だったけれど本作は曲がりなりにもドラマで、淡白な演出の中に確かな哀愁と情緒が滲み出ている。このへんは本家とは寧ろ違った趣があるものの、それが却って不思議な心地良さを生み出している。素っ気なさと情感の塩梅が絶妙に良い。何処かレトロでノスタルジックな雰囲気のビジュアルはシックな色彩も相俟ってとても美しくて、美術や映像を眺めるだけでも作品としての幸福感がある。奇妙な登場人物たちが見せるユーモラスな動作の数々も楽しいし、しっとりした劇伴のムードも好き。

ロックが台頭する1960年代前後のパリを背景に、しがない手品師であるタチシェフが滲み出す“時代遅れの哀愁”が実に切なくて良い。こういった悲哀を台詞に頼らず物語る辺りに演出としての美しさを感じる。同じアパートに住む道化師や腹話術師の閉塞的な雰囲気も印象深く、それだけに度々顔を見せる穏やかなヒューマニズムがとても好き。タチシェフを魔法使いと信じる無垢なアリスとの疑似家族的な交流を、仄かな温もりと共に描いているのが愛おしい。共に殆ど言葉が通じないという設定も本作の寡黙さと噛み合ってる。

父性を見出したタチシェフと夢を見るアリスが共に過ごす日々が味わい深いからこそ、終盤のほろ苦い切なさがとても印象に残る。成功に手が届かないまま彷徨い続けていた男が娘のような存在を得て、やがて最後に何かを悟ったように去っていく。“娘の独り立ち”を受け入れるタチシェフの姿には、自らの幕引きを受け入れる“老人の挽歌”のような趣を感じてしまう。
シズヲ

シズヲ