あっつマン

処女の泉のあっつマンのレビュー・感想・評価

処女の泉(1960年製作の映画)
4.3
舞台は土着信仰とキリスト教が混在する16世紀のスウェーデン。裕福な地主テーレとその妻メレータ、彼らの一人娘であるカーリンの一家は敬虔なキリスト教徒である。カーリンは、奉公人のインゲリと一緒に教会にロウソクを届けに行く。その後、森で3人の貧者と出会った彼女は惜しみなく食事を提供するが——。

今年の100本目はイングマール・ベルイマンの「処女の泉」。

信じる者は救われるのか? 神様の罰とは何なのか? 敬虔なキリスト教徒になぜ理不尽が降りかかるのか? 本作のテーマは「神の沈黙」だ。

私はキリスト教徒ではないので、本当の意味で本作を理解するのは難しいのだろうが、ベルイマンが非常に分かりやすく描いているので、意図を想像することは出来た。

人さまの信仰をとやかく言うつもりは、爪の甘皮ほどにもないが、存在の有無を問うよりは、愛や良心、生き方の指標などの「教え」の方が大切だとは思うし、信仰による「心の救い」はかけがえのない物だと思う。

敬虔なキリスト教徒への理不尽が何重にも描かれており、見た者は、信仰について改めて考えさせられるだろう。また、ギリシャ神話のオーディンを崇拝する人物がいるなど、問いかけの目線が深く、信仰を扱った映画としては非常に素晴らしかった。

作中、人が神様の存在を確認する唯一の手段である「奇跡」が現れるので、ベルイマンは神様を否定するつもりはないだろう。

何ごとも、信じすぎる者は、足元をすくわれる。考える葦であれ、ってところだろうか…。