てっちゃん

クリーン、シェーブンのてっちゃんのレビュー・感想・評価

クリーン、シェーブン(1993年製作の映画)
4.7
こいつはやばい。
こんな哀しい気持ちにさせる映画はそうそうない(泣けるとか、感動するとか、鬱作品とかそんなレベルじゃない。切り刻まれてふと思い出すような感じのやつ。いつまでも引っかかり続けるやつ。ぽっかりと心に穴が空いてしまうそんな感じのやつ。)。哀愁と表現した方がいいのかもしれない。

以前から気になっていて観たい観たいと思っていたら、最近よく行くミニシアターでやるではないか!という奇跡的な情報を耳にして、この日はこの作品と、もう1本観てやるんだ!と意気込みながら鑑賞。

観賞後、どっとくる疲れ。本当に疲れた。心労だよこれ。娯楽なんてもんじゃない。

統合失調症という言葉は聞いたことあるけど、じゃあ具体的にどういう症状なのよとか、日常生活ではどうなのよって全然知らなくて、そういう空っぽな状態で観たから、その世界が途方もなく暗いことに気付かされる。
救いなんて一切ない。
真の意味で救いなんてなくて、ただただリアルに描いていく。

彼の世界では常に監視されている。
見られているし、聞かれているし、どこにいてもいつだって雑音にまみれているし、休まるときなんて一切ない。

彼の世界は敵しかいない。
親でさえも彼のことを疑うし、周囲の人だって疑うことしかしない。

彼には希望がある。
この物語に於ける唯一の光である。この物語に於ける唯一の希望である。
でもその光は、とてもとても弱くて今にも消えそうで、限りなく透明(無)に近い。
その光だけを頼りに彼は、彷徨い続ける。

彼が休まるときはひと時もない。起きているときは勿論、寝ているときでさえ。
作品内で唯一、彼が休まる(表情が和らぐ)ときがある。
そのときの安らぎ感だったり、彼の表情、雑音に注目して欲しい。
何故だか救われた感がすごいから。
”解放”ってこういうことを指すんだなと感じる。

正直言って最初は好奇心しかない作品だった。
”頭に受信機、指には発信機が埋め込まれていると信じている男の話”なんて聞いたら、狂気の物語や!という類の好奇心だ。
そんな好奇心なんてあっという間に吸い込まれて、あっという間に見えなくなるくらいに落ちていく感覚。
これは”鑑賞”ではなくて、”体験”であるのだ。

最後の希望が引き継がれたシーン、思い出として残されるシーン、外れてしまったシーン。
こんな余韻あるエンディングはそうそうないでしょ。
エンドロール終わっても、茫然として席が立てなかった。
決めつけっていうレベルではなく、無意識って恐ろしい。
味方がいないのは、しんどい。

主人公を演じきったピーターグリーンさん。お見事でございました。