一人旅

タクシー・ブルースの一人旅のレビュー・感想・評価

タクシー・ブルース(1990年製作の映画)
4.0
第43回カンヌ国際映画祭監督賞。
パーヴェル・ルンギン監督作。

モスクワを舞台に、タクシー運転手・シュリコフとサックス奏者・リョーシャの交流を描いたドラマ。
崩壊直前のソ連を舞台にした作品。
シュリコフはソ連の伝統的考え方に囚われる旧い存在、一方のリョーシャは新しい時代を象徴する存在として描かれているように思える。本作はソ連の新と旧の衝突と融和を、シュリコフとリョーシャの微妙な関係を通じて映し出している。シュリコフはタクシー運転手という労働を象徴するような職業に従事している。対してリョーシャは華麗なサックス演奏で観客を感情的に魅了し、ある意味“楽”をしてシュリコフ以上に金銭と名声を得ているのだ。
シュリコフは楽をするリョーシャを働かせる。タクシーの洗車という地味な肉体労働を強要し、労働の意味を実感させようとするのだ。リョーシャはシュリコフのしもべのように働くが、いつしか二人の間には友情めいた微妙な感情が芽生えてくる。リョーシャに愛想を尽かしても、結局は見捨てることなどできず、シュリコフはリョーシャと暗く狭い部屋で共同生活を続けるのだ。
だが、時が流れるにつれ両者の違いは決定的なものとなっていく。新しい時代を新しい生き方で生きていくリョーシャ。敵国であるはずのアメリカの楽団に参加し人生を謳歌するリョーシャの姿とは対照的に、西洋的音楽を否定しソ連の古い軍歌を一人大声で歌うシュリコフの孤立した姿が印象に残る。
シュリコフは押し寄せてくる新しい時代の波に適応できていない。旧い時代に自ら束縛され続けることで、華々しいリョーシャの人生とは対照的に虚しく孤独な自身の人生を無理矢理正当化しようとしているのだ。シュリコフのそうした行動は、ソ連社会における自分自身の存在価値を確かめるためのものであり、リョーシャのような生き方が主流となっていくソ連社会の現実に耐え切れないのだ。
ある意味、シュリコフは激変するソ連社会の犠牲者だ。国内の情勢が変わるたび、それまでの生き方を修正していかなければならないのはシュリコフのような一般市民に他ならない。
そして、終盤に見せるシュリコフの涙が切なく、印象的だ。リョーシャに対し傲慢で強気な態度を取り続けていたシュリコフ。だが、サックスの力強い演奏をじっと聴き入るうちに、自然と涙がシュリコフの頬を伝う。表面上の態度とは裏腹に孤独と虚しさに支配されたシュリコフの心の痛みが、突如堰を切ったかのようにどっと溢れ出る瞬間であり、同時に、強気を貫いてきたシュリコフが最も弱々しく映る場面でもある。
タクシー・ブルース。旧であるタクシーと新であるブルースが紡ぎ出す物語。
シュリコフは悪くない。時代が悪いのだ。
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