みかんぼうや

こわれゆく女のみかんぼうやのレビュー・感想・評価

こわれゆく女(1974年製作の映画)
4.2
【“こわれゆく女”によって“こわされゆく夫”】

これはまた、かなりの衝撃傑作!
この一カ月で「何がジェーンに起ったか」「サンセット大通り」と、女性主人公の狂気・精神疾患系作品を立て続けに観てきて、どちらもかなり面白い作品だったが、この2作がその狂気性と精神崩壊をエンタメを意識して劇画的に見せているのに対して、本作のメイベルの精神崩壊ぶりは、一般家庭でも見られうる生々しくリアリティのある描写だったこともあり、私的には本作のほうがより没入度が高く、基本的に非常に暗い話だが、かなり好みの作品だった。

オープニングから「この行動はなかなか危険だぞ・・・」という雰囲気が漂い、それが病的言動であると確信に変わる展開だが、いわゆる“ただ精神疾患の女性の言動を描いた話”で終わらないところが本作の妙味。このこわれゆく女メイベルのことを思考では病的であると分かっていながらも、夫としての愛情から「ちょっと変わっているだけで、本当は普通なんだ」「今は不安定だけど、きっと回復して普通になれるんだ」という僅かな希望を持ち続け、その思いにすがり現実を受け入れきれずフラストレーションから周りにも攻撃的になる夫ニックの辛そうで自身も壊れてしまいそうな姿に思わず胸が詰まる。と同時に、子どもたちからすれば、そんな精神不安定なメイベルは愛すべき立派な母であり、その母子の触れ合いのシーンもまた、胸を締め付ける。

つまり、入り口としては“精神不安定な女性の常識からズレた奇怪な言動”に惹きつけらるが、核となるメッセージは、その精神疾患患者に接する夫や家族の苦悩と、家族としてどう向き合っていくか、というファミリードキュメント的作品であり、その点で冒頭で出した「何がジェーンに起ったか」や「サンセット大通り」と比較すること自体がそもそもナンセンスな作品であることに、途中から気づかされるのである。

と言いつつ、この両作と比較せずにいられないのは、こわれゆく女メイベルを演じた主演女優のジーナ・ローランズの圧倒的な演技力。「ナイト・オン・ザ・プラネット」ではタクシー内でウィノナ・ライダーの相手役(大物女優)を演じ、「きみに読む物語」では、痴呆症の老女を演じる彼女だが、本作の演技こそ、その最高潮と言わんばかりの凄まじい演技。決してわざとらしすぎず、しかし明らかに周りとはズレた言動や、感情が高ぶり精神分裂を起こすような一連の過程が、物凄くリアル。怪演でありながら非常に本格的な精神疾患の演技は、「サンセット大通り」「何がジェーンに起ったか」の超大物主演女優たちに勝るとも劣らない演技で、ゴールデングローブ賞主演女優賞に納得。

ジーナ・ローランズの存在感が圧倒的過ぎるので陰に隠れがちだが、夫ニックを演じたピーター・フォークの奇行を繰り返す妻を一生懸命受け入れようとするが、だんだんと苛立ち爆発していく、その優しい眼差しと怒りに満ちた言動のバランス感も絶妙だった。

演出はややドキュメンタリー調で淡々としているが、それがまた、精神疾患のメイベルに向き合う家族のヒリヒリとした少し刺激すれば崩れてしまいそうな空気感を醸成していて、リアリティがあった。この監督の作品、実は本作が初めてだったが、こんな作品を観たら、他の作品に興味が沸かないわけがない。
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