ろ

エデンの東のろのレビュー・感想・評価

エデンの東(1954年製作の映画)
5.0

午前十時の映画祭12で一番楽しみにしていた「エデンの東」。
前日に母と「ファンタズム」を観たらめちゃくちゃ面白くて、これ明日気持ち切り替えられるかなとちょっと不安だったのですが(笑)、もうねそんな不安になることなかったな、やっぱり私この映画好きなんだって嬉しかったです。

父の新たな事業を応援するキャルは、損したお金だって自分が取り戻すんだと好きでもない農業を始める。
苗の成長を今か今かと心待ちにしながら畑へ出向く日々。
収穫を終えたキャルはダイニングを飾りつけ、スーツに着替える。
ケーキと七面鳥、そしてお父さんへの誕生日プレゼントを用意するが・・・

聖書を読んで改心しろと強いる父。
ありのままの自分をただ認めてほしかったキャル。
みんなそれぞれ大事にしているものが違う。
大事なものへの情熱の注ぎ方や優先順位だって人それぞれだ。
けれど自分と相手との違いが大きければ大きいほど、そしてその違いを実感するたびに寂しさは募る。

自分の正しさを押し付けてばかりのお父さんとお兄ちゃんが許せなくて、キャルを想うとやるせなくなった2020年。
ちょうど就労支援に通い始めた年だった。
疎遠になっていた友人と再会、父が勝手に買ってきた家にしぶしぶ引っ越し。資格の勉強をせっつかれてイヤになったり、新しく通い始めた病院で受けた心理検査が楽しすぎたり。合同面接会や企業見学を通して障害者雇用を知り、市役所での実習では思いがけない出会いに励まされた。
P検の試験を終え、履歴書を作り、バイトの面接を受け、せわしなく過ぎた一週間。
そして今週からアルバイトを始めた。

この2年間、変化に次ぐ変化の日々だった。
慌ただしさにもまれながら、ひたすら生きることにしがみついた。
コミュニケーションに悩み、行動面・思考面の両面で自分なりに工夫をした。
時間と労力をいくら費やしても伝わらない人もいれば、何もしなくても気持ちを汲んでくれる人がいた。
すごく伝わるよと言葉にしてくれる人もいれば、心配そうに見守ってくれる人もいた。
私には私の努力があって、でもそれは報われないことも多かった。
あまりのもどかしさに地団太を踏み、生きるのをやめたくなることだってあった。
だけどその味を知った今だからこそ、この映画が私の中でより濃く深くなったのだと思う。

反発しても、逆にお父さん好みの息子になっても、父にとっては兄が一番だった。
だけどキャルには彼の想いを支え、代弁してくれる人がいた。
母ケイトは怒りをこぼしながらも大豆栽培の資金をくれた。
兄の恋人アブラは、今ここで逃げたら一生罪悪感に縛られることになるとキャルを引き留めてくれた。
100%分かり合うことなんてできないけれど、お互いにその気があれば中間地点で落ち合うことぐらいは出来るのかもしれない。

現実と向き合うことほど面倒で厄介なことってないかもしれない。
それでもキャルはお父さんを、そして何より自分の本心を投げ出さなかった。
自分と向き合うことの重みと喜びを噛みしめるラストシーンに、今日もまた救われている。

( ..)φ

ちょうどコロナが流行り始めた2020年。
手帳を遡ると4月にエデンの東、5月に欲望という名の電車を観ていた。
やっぱりエリアカザンは強くて繊細な映画を作る人なんだなと思いながらスクリーンを食い入るように観た。
涙でマスクがびしょぬれになった。それでも涙が止まらなかった。
今年は久しぶりに紳士協定、そして波止場も観てみたい。

( ↑ 2022年6月3日 午前十時の映画祭12 )



「今夜、父さんの愛を買おうとした。でももういらない。どんな愛もいらない」

遠くから父を見ていた。
父の隣で笑う兄を見ていた。
肩を抱かれながら「俺の自慢の息子だ」と誇らしげに語られる日をずっと夢見ていた・・・

納屋は暗く、天井まで氷が積み上げられている。
アイスピックが突き刺さったままの氷。
今にも泣き出しそうなキャルが膝を抱えていた。
「愛してるわ」「僕もだよ」
兄とその恋人の会話を遮るように、キャルは次々と氷を落とした。

「おれは自分が何者か知りたいんだ」

愛とは求めるものではなく与えるものだと言うけれど、どちらも違うと思った。
お父さんと兄アーロンはキャルに正しさを求め続けた。
後ろ指を差されないための正しさ。聖書に書いてある通り、神に従って清く正しく生きること。
キャルはその想いに応えようと努力した。そして自分の愛を様々な形で示し、家族の愛を得ようとする。そのために時間とお金と労力、そして愛を与えた。
けれど、三人の溝は深まっていくばかりだった。

アーロンは、俺と父さんはお前の素行の悪さをずっと我慢してきたんだ、と責める。
だけどそれはキャルだって同じだ。
父の決めつけに縛られ、兄への嫉妬に悩み、度重なる失望に耐えてきた。
それでもキャルは自分を見失わなかった。
聖書や道徳観といった、人が決めたルールに乗っ取って生きているお父さんやお兄さんとは違う。キャルには信念がある。真実を見極める心の目は誰よりも澄んでいる。

「分からない。何が善で何が悪なのか」
「分からない。愛って何なの?」

理想を掲げるのは容易い。だけど、その理想を叶えようと躍起になって現実から目を逸らすのは、はたして本当の意味で、生きていると言えるだろうか。

愛が求めることでも与えることでもないのなら、一体何だろう。
分からない。本を読んでも映画を観ても分からなくて、いつもモヤモヤする。
きっとこれからもいろいろな形で、少し近づいたりまた遠ざかったりしていくのだろう。
「エデンの東」への道のりは続く。

( ..)φ

振り返れば5年前の夏、一番しんどかった時期に鑑賞していた「エデンの東」。
不思議なぐらい刺さらなかったキャルの辛さが、今は痛いほど分かる。

レタスの出荷に向けて働くキャルに、雇い主としてしか労いの言葉を掛けられない父。
高らかに音楽が鳴る中、列車を見送る父の背中を少し離れたところから見守るキャル。隣に立つことができないその寂しさと、父の事業の成功を祈る彼の優しさに、涙が溢れて止まりませんでした。

( ↑ 2020年4月6日 DVD鑑賞 )
ろ