純

エデンの東の純のレビュー・感想・評価

エデンの東(1954年製作の映画)
4.6
自分が何者か知りたい。若者が必ずとも言っていいほどぶつかるこの疑問を、なんて繊細に、なんで暴力的に口にできるんだろう。ジェームズ・ディーンじゃないと嫌だって言い切れるくらい、彼の瞳が、表情が、好きだった。

ジェームズ・ディーン演じるキャルは優等生の兄アーロンとは違い、父アダムから愛されない人生を送ってきた。敬虔なクリスチャンであるアダムはキャルが問題を起こすたびに聖書でもって更生させようとするが、ふたりの溝は深まるばかり。でも、この作品で描いているのはキャルの不良っぷりではなくて、むしろキャルの良心なんだよね。反抗期独特の、どこにもぶつけようのない怒りを撒き散らしているように見える行動はどれも愛情を受け取り損ねたことの反動で、寂しい不安、健気な劣等感が本当に胸を打つ。

自分のルーツを知りたくて母親の元を訪ねた後も、寂しい嫉妬を持つ原因であるアーロンを気遣う優しさが、父親に安心してほしいと願って行動する優しさが、キャルにはあった。なのに、理想と現実の差はどうしてこうも残酷なんだろう。いつだって悪者扱いされるのはキャルで、父親との確執はきっと年齢差だけが理由ではなかったはずだよね。行動だけじゃなくて、その背景にある澄み切った意志を汲んでくれるひとがいたら良かった。好意が裏目に出てしまうほどやり切れないことはない。父親の誕生日祝いに、あんなに儚げに、大胆に、純粋に涙を流すキャルを見て、抱きしめずにいられたら嘘だよ。「アーロンとは手を組まない、ひとりでやり切りたい」って決めて、父親のためにどれだけ彼が尽力したことか。キャルは本当は誰よりも純粋でか弱くて心細かったのに。ひとりでずっと耐えてきたキャルが救われなくて、このシーンは本当に苦しかった。

でも、父親も実は街で誰もが認める純粋さを持ち合わせていて、彼は妻がトラウマになっているんだろうなと思う。彼の純粋さが嫌で逃げたというキャルの母親。そして自分には見せてもらえない父親の純粋さを守るために彼を傷つけた母親の元へ行くキャル。お互いに傷つけ、傷つけられる関係なら良いのにね。誰かは誰かを傷つけ、また別の誰かに傷つけられる。不平等な関係が、愛情の深さの違いが、誰かの思いが誰かを追っている形が、寂しさを生んでしまう原因なんだから。気づいてもらえなくても頑張ろうって、そう思っているひとたちの、大切な、やわらかい心の一番奥にある優しさを、どうか踏みにじらないでいてね。皆それぞれで報われないことはあるよ。でも、だからって自分に向けてくれる愛情に背中を向けていたらだめだと思う。ちゃんと受け取ってあげよう。信じてあげよう。それだけできっと見える世界は変わってくる。

善が許す立場って言うけど、悪に振り分けられてるキャルだって葛藤も悩みもあるし、善にだって悪いところはある。アーロンがその例だよね。そりゃそうだ。人間は極端に振り分けられるようなものじゃない。曖昧さを愛していかなくちゃ。そういう意味で、アブラがキャルの不安定な心の揺れをきちんと受け止めてくれるひとになってくれたのが、本当に救いだった。同じ境遇にいたというのが大きいとは思うけど、最初は訝しがってた彼女がちゃんとキャルを見続けてくれたのは、彼女の強さと優しさがあってのことだなあと思う。寄り添う優しさ、送り出してくれる優しさ。じんわりと伝わってくるような微熱が素敵だ。

そして、ちょっと酔ってるんだ、と言いながら誕生日パーティーの手伝いをアブラにお願いするキャルの眼差しの、なんて美しいこと。危なっかしいけど愛おしい。幼さと妖艶さを持ち合わせた瞳って、もはや魔法だよね。どのシーンもジェームズ・ディーンの瞳がとんでもなく美しくて見惚れてしまうんだけど、このシーンは特筆しなくてはと思うほど特別に眩しくて危うげで綺麗だった。あんな瞳でお願いされたらくらっときてしまう。本当に役にぴったりすぎて、彼以外のキャルなんて想像もできない。

それぞれが寂しさや虚無感を抱えて迎えるラストシーンが、これまた良かった。「赦してあげるんじゃなくて求めてあげないといけなかった」とあうアブラの言葉が、この映画で一番刺さった台詞だったなあ。お前はだめだけどそれで良い、じゃなくて、お前はだめなところもあるけど、私のためにお前にしてほしいことがあるんだよって、そう接することが愛なんだ。作品の中盤で人間と獣の違いが語られるシーンがあった。「選ぶ」という行為が、人間に与えられた特別な権利であり、人間たらしめるものなんだという話。不特定多数の誰でもではなくて、お前が良いんだよと伝えること、そのたったひとりに指名されること。求められるということ。その伏線の回収が本当に鮮やかで美しかった。とびっきりの、最高の愛だった。選ぶこと。選ばれること。今まですれ違うことさえなく、届かなかったふたりの思いが初めて向き合って、それぞれの本当の気持ちを受け止め合ったあの瞬間。暴力的なようで、本当はものすごく優しくて繊細な物語だった。これからも大事にしたい作品がまた一つ増えて、本当に嬉しい。
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