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グラン・トリノのohassyのレビュー・感想・評価

グラン・トリノ(2008年製作の映画)
4.0
「イーストウッドさん、僕も人生の後半をがんばろうと思う」


ダーティハリーや西部劇でのイーストウッドはほとんど観ていない僕ですが、もちろんいろんな話は聞くし読んでいるので、この人はそういう過去を背負っているんだなという印象は持っている。
イーストウッド演じる本作の主人公、ポーランド系移民のウォルターも朝鮮戦争を生き抜き、自動車工として50年間勤め上げたという骨太な過去を持つキャラクターのため、それらがダブって見えてくるのは本作においてパワーポイントのひとつだろう。

そういえば僕の祖父も第二次大戦で満州に渡り、終戦とともに捕虜としてソ連に連行され、冬場は零下60度にもなる極寒の地で毎朝便器に凍りついた糞尿を砕くのが日課の毎日を数年過ごし、帰国後はあらゆる物作りや修理ができる職人として、染物業や機械工など様々な職業につき、定年後はスズキのバイクに跨り趣味の釣りに出かけていた。
本当になんでもできてしまうので家の修理は全てこなすし、釣竿や投網も自分で作っていた気がする。

今思えばものすごい人物だなと感心するけれど、こういう人は得てして気難しいというか人当たりが悪いというか、意地悪な面があって、子供の頃の僕はどちらかといえば好きじゃなかった。
まさにウォルターみたいな人だったのだ。
だから好きじゃなかったけれど、どこか尊敬もしていたと思う。
時々お小遣いくれたし。

そんな祖父が繰り返す戦争や捕虜の時の体験談を、子供の僕は「またか」と聞き流していたのだけれど、なんて勿体無いことをしていたんだと未だに後悔している。
何でもできたので捕虜としてもすごく優遇されていたとか、街で若くてキレイなロシア娘に声をかけられキスをせがまれたなんて話を自慢げにしていたのも、もっとよく聞いておけばよかった。
ひと昔前のロシア人のキスは男女問わず挨拶がわりのようなものだったらしいので可愛い勘違いのような気もするけれど、よく考えたらそんな話をよく祖母の前で何度も話してたなじじい。

ほとんどのシーンが隣り合う2つの家だけというものすごく狭い世界の話なのだけれど、内包するアメリカの時代性や戦争の爪痕、民族などのテーマが、作品をどこまでも押し広げるし、男としてはその父性や人生とのケリの付け方に、イーストウッドからメッセージを受け取ったと思わずにはいられない。

それはもちろんウォルターを見習え、ということでは無くて、「オレはこうした、お前らもまあがんばれよ」という、彼らしい意思の示し方でありエールだった。
エンドロールで流れるイーストウッドの歌声が、途中から若い声に変わるその「引き継ぎ」が、本当に見事に映画を締めくくっていた。

若い頃は「いつか犬でも飼って日がなビールを飲んで過ごしたい」なんて思ったこともあって、今はあまりそういう思いはないけれど、これからの人生もっと楽しくできそうだ。
そのためにやれることも、まだまだたくさんありそうだ。


めちゃくちゃ余談ですが、チンピラ達が執拗にタオ少年を誘い込もうとするのは、単に彼らが暇でしょうがないからだ。
ああいう連中は自分の中に何も無いから、外側に何かを見つけるしかなくて、面白そうであれば何でもいい。
なぜこんな事をするのか、なぜ放っておいてくれないのかと不思議に感じるかもしれないが、彼らにとってみればおもちゃに夢中になっているだけなのだ。

だから本作のような展開は、個人的にはすごく自然だと感じる。
そしてそういう連中はだいたい自制が効かないから、おもちゃが反抗すると腹を立てる。
そして今度は執拗に暴力を繰り返す。
いじめも同じ構造な気がしているけれど、そういう事をする人間は自分の中に何もない。
何かすべきことがあれば、そんなことに時間をかける暇なんてないのだから。